Bitter&Sweet





  雑踏の中を歩いていたバルフレアが見つけたのは、ワゴンショップの前で背を曲げて何かを熱心に見ているアーシェの姿だった。
「何してるんだ?」
  後ろから近付いて声を掛けながら横から覗き込むと、彼女の見ていたものが何かは直ぐに判明した。
  それは金色の箱に六個詰められたチョコレートだ。
   アーシェは隣にやって来たバルフレアの顔をちらりと見てから、すぐにまたそれに視線を戻した。
「綺麗でしょう?これ、砂糖で結晶化させた花びらが上に乗ってるの。以前同じデザインのものを食べたことがあったから、懐かしい と思って見ていたんだけれど」
   珍しく弾むような口調で喋るアーシェ。
   彼女の言うように、チョコレートにはそれぞれパープルとピンク色の花びらが乗せられていた。
  お洒落かつ上品で、いかにも女性の好みそうな菓子。
  バルフレアは箱を一つ取ると、早速このショップの店員に声を掛けた。
「これいくらだ?」
「はい、800Gです」
「? っバルフレア、私は……」
  別に買うつもりじゃなくて、と慌ててアーシェは伝えようとしたのだが、いいからいいからといつもの調子で バルフレアはさっさと代金を払いチョコレートの箱を受け取ってしまった。受け取ったそれをアーシェにポンと渡す。
「有難うございましたー」
  店員の明るい声に送られてすたすたと店を離れてしまうバルフレア。アーシェは戸惑ったように手の中の箱を見つめ、それから小走りに バルフレアを追いかけた。
「ねぇちょっと! どうして? 私、買うつもりなど無かったのに」
  驚いた様子で詰め寄るアーシェに、バルフレアはふうと溜息を吐いて道端のベンチに腰掛けた。
   アーシェも彼の顔を窺いながら隣に座る。
「王女様は物を贈られたことがないのか?」
「え?」
「城の中でなら受け取ったろ? その時と同じように受け取ればいいさ。 ……どうせあんたのことだ、欲しい物も旅に不要だとか言って買うのを躊躇ってるんだろうが、 いいんじゃないか? チョコレートくらい、高価なモンでもあるまいし」
  アーシェがあんなに熱心に必需品以外の店の前で足を止めていたことなど今まで無かった。ということは、それだけ気になる物があったということ。
  そういうものにさえ禁欲的になるのは少し自分に厳しすぎやしないかとバルフレアは思う。
  ならば禁欲主義でも何でもない自分が彼女に買ってやるのが妥当なのだ。
  少なくとも気に入った女性に何かを贈るのは男にとって喜びでもある。
「指輪みたいなもんなら兎も角、チョコくらいでそんなに騒がれると却って傷付くんだが?」
  バルフレアがそう言ってやると、アーシェは漸く頬を緩めた。
「そうね……。では有難く頂戴するわ」
   王女らしい丁寧な口調でそう言うと、アーシェは箱の紐を解いて蓋を開けた。
「やっぱり綺麗。それに、凄く美味しそう」
   指先でチョコレートを一つ摘み上げ、彼女はゆっくり自分の口元に運んでいく。
   バルフレアはアーシェの唇の前まで来た指先のチョコレートを見つめていたが、不意にそれに顔を近付けた。
  ぱくっ
「………ちょっと」
「ん?」
   予想していたアーシェの不満の声が聞こえ、バルフレアは口角を上げて意地悪く返事をした。
彼の口の中にはたった今押し込められたばかりのチョコレートの甘い味がいっぱいに広がっている。
「私にくれたチョコよね? ……私、貴方にあげるって言ってないわ」
  上目遣いで主張するアーシェの不満は最もだ。
   あげたと言いつつ、今彼女がまさに口に入れようとしていたチョコレートをバルフレアが横から口で銜えて奪い取ってしまったのだから。
  溶けかけたチョコを舌で転がしながら、バルフレアは飄々と答える。
「王女様の御口に入る贈答品が欲しかったもんで。欲しいモノは奪うのが空賊だろ?」
「手癖だけじゃなく行儀が悪いのも空賊の証って訳ね」
  辛辣な王女様の言葉が返ってきたけれど。
「バルフレア」
「ん?」
「チョコレート有難う」
  珍しい程可憐な反応も返ってきたからまあ良しとしよう。
(ビターなくせに中身は随分甘いチョコだな)
  まだ口内に残るチョコの香りを感じながらバルフレアはふっと笑った。









チョコの値段てきとー。
別にバレンタインデー設定じゃないのですが、あえて日本と反対に男性から女性に贈るチョコってことで。