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「ただいまー」
  仕事を終えたザックスがご機嫌で部屋に帰ると、クラウドがソファに凭れてテレビを見ていた。 ちらりとこちらを横目で見たもののその視線が直ぐテレビ画面に戻ってしまったところを見ると、かなり熱中しているらしい。
  少し気に入らないような子供っぽい感情が半分、珍しいと思わず湧いた興味が半分でザックスがクラウドに近付いてい くと、クラウドが漸く此方に顔を向けた。
「おかえりザックス。早かったな」
「熱心に何見てんだ? クラウド」
  ああこれ?と一度画面に目をやってから、クラウドが答えた。
「今話題のコレ」
  そう言ってクラウドが指したのはDVDのパッケージ。それはクラウドの言うとおり、近頃若者達の間で流行ってい る話題のドラマだった。
  タイトルの文字通り“脱獄”を計画する囚人達の話なのだが、IQ200の主人公を中心にス トーリーは複雑に絡み合い、先の読めない展開が人気だ。
  ザックスも話題作りにそのうち見てみたいとは思っていたのだが、 流行物にどちらかといえば疎い方のクラウドが自分より先にそれを見ているのが、何だかちょっと意外だ。
「へーコレかぁ。借りたの?」
「うん。ジャックがDVDをセットで持ってて、面白いからって貸してくれたんだ」
「ああ……映画とかドラマとか詳しいんだっけ」
  クラウドの同僚のジャックは人気のあるものに敏感で、気に入ったものは何でも集めるらしい。凝り性で好 みが五月蝿いので、彼の語る多分野の情報は結構参考になるのだそうだ。
  一緒にいると面白いとクラウドが楽しそうに話していたので、彼はザックスの中の要注意人物リストに密かに入れられている。
  そのジャックが貸してくれたというDVDセットはソファの横の紙袋の中に入っていた。中を覗き込んで大まかな数を把握する。
「これ巻数多いのな。最初から見てんの?」
「そう。もうこれストーリー後半なんだけど、結構ハマるよ。ザックスも見るか?」
  言いながら再び画面に見入り始めたクラウドに聞こえぬよう小さく溜息を吐き、ザックスは答えた。
「んーそだな。取り敢えずこっから一緒に見てみるか。あらすじとか、見ながらテキトーに教えてよ」
「うん」
  本当は部屋に帰って早々クラウドとじゃれ合って一日の疲れを癒そうと目論んでいたのだが、この様子では邪魔をすると怖そうだ。
  まぁ一緒に過ごせりゃいいか、とザックスはドラマ観賞をすることにした。


***

  暫く見ているとザックスもハマってきた。
  大体の設定は知っていたので飲み込みやすく、登場人物もクセのある者が多く飽きさせない。なるほど話題になるだけ のことはあるかもしれない。
  そんなことを考えていると、テレビはあるシ ーンを映した。
  主人公達の脱獄計画を看守に密告する裏切り者の青年が、悪名高い粗暴な大男と同じ牢に入れられて無理矢理……所謂、 “カマを掘られた”ことを悲壮な表情で告白するシーンだ。
「………」
  ザックスがちらりとクラウドの顔を見ると、彼は思い切り眉を顰めていた。
  ――クラウドは真面目だ。田舎出身という点ではザックスと同じだが、恋愛事やアソビに対して自由奔放な考えを持つザックスと違 い、彼はそういうことについて堅い思考をする人間であると理解している。 更にクラウドはその愛らしい容貌ゆえに、圧倒的に男の多い神羅軍の中で何度も性的対象としての誘いを受けている。
  だから彼がこのシーンの中の人物と自分を重ね合わせても仕方のないことだった。
(なんかすっげ申し訳ないんですけど)
  嫌そうな顔のクラウドにザックスは心中で密かに謝った。
  “そういう”対象としてクラウドを見ているのは、ザックスも同じだったからだ。
  勿論、ザックスの場合は興味本位や性欲処理といった狙いが裏にあるわけではなく、激しく好きだという感情から来る 欲求なのだという点で、クラウドに手を出そうとして返り討ちにされた不届き者とは異なっているのだが。などと言い訳をしても、 結局はクラウドを抱きたいと思いつつ今は親友面を懸命に通しているザックスは、こういうドラマシーンに対するクラウドの反応が頗る気になった。
「……はぁ……」
  そこでクラウドが短くも重い溜息を吐いた。
「……どした、クラウド?」
「いや……やっぱりあるんだな、刑務所でもこういうの」
「えと、こういうのって?」
  ザックスが作り笑いを浮かべて訊くと、クラウドはもう一度小さく息を吐いて言った。
「うちの軍だけじゃないんだ」
  “ホられる”ことというのが、どこの世界でもあるもんなんだな。
  話の流れからしてクラウドはそう言っているのだろう。
「まぁ、男しかいない環境じゃ、そーいうことも起こるもんだろ」
  まずは当たり障りの無い言葉を返してみたザックスを、クラウドがじっと見つめて小首を傾げた。
「そういうもん?」
「まぁな」
「女の子がいると違う?」
「んー、女の子がいても男がいいって奴も いるし、どっちでもいいって奴もいるかな」
「じゃ、お前はどっち?」
「俺は……、って、………」
  言いかけて、止まる。
(クラウドは何を訊いてるんだ?)
  俺がどっちの嗜好か聞いてどうする?
  意図を図りかねて暫く固まっていると、クラウドが不意にぷっと吹き出した。
「そんなに考えるなよ……。ザックスは女の子大好きだから、そのどっちでもないだろ?」
  笑いながらそう言うと、クラウドはザックスから視線を外してテレビ画面の方を向いてしまった。その雰囲気から、クラウドがこの話をもう終えようとしていることは分かった。
  でも、それでもザックスはクラウドを見つめる。気付けば口が勝手に動いていた。
「……うん。俺はどっちでもない」
  その横顔に向けて、言った。
  どっちでもない。クラウドが男だからいいと思ったんじゃないし、只たまたま近く にいるから手に入れたいと思うのでもない。
  終わったと思っていた会話。横から聞こえたザックスの妙に真面目な声音に、クラウドは引かれるように 再び視線をザックスに向け、そして驚いたように目を丸くした。
  真剣な表情のザックス。強い光を帯びた蒼い双眸が見つめている。
  目が離せない。
  明らかに空気の変わった空間で動けなくなったクラウドが、ゆっくりと瞬きをした刹那――
『欲しいのはお前だけだ』
  静寂に男の声が突然響いた。
  ザックスのものでもクラウドのものでもないその声に、二人はぴくりと体を震わせる。 一瞬固まって、次の瞬間には付けっ放しだったテレビ画面にバッと同時に目をやった。
  ――ドラマのストーリーも進んでいたらしい。例の大男と青年が牢の中に二人きりの シーン。今のは、そこで大男が青年に言った台詞だった。
(何だよ……)
  こんな物に過剰に反応してしまった自分に呆れながら、ザックスはそのままクラウ ドに視線を移した。
  クラウドの顔にはほっと安堵の色が浮かんでいた。 あの言葉がテレビの中の声だったのだと気付いての安堵。つまりそれは、ザックスの言葉ではなかったことに安心したということ。 更に言えば、それはザックスが口にしてはいけない言葉だということだ。
(あー……)
  ザックスは、沸き上り今にも噴出そうとしていた内側の熱い感情が急激に鎮まっていくのを感じた。静かに溜息を吐く。 そんなザックスの心中など露知らず、クラウドは「びっくりしたな」とぎこちなく笑った。
  ザックスも笑い返す。
「ほんと、タイミング良すぎだよな」
「うん」
「まるで俺の台詞の続きみたいだったし」
「うん……」
「俺の声はこんな野太くないっつーの」
「…そうだな」
「それに俺、こんなにヒドイ奴じゃないし」
「……うん」
  クラウドは俯いていた。
「けどさ、クラウド?」
  名前を呼んで上を向かせる。
「変な意味じゃねーけど、さ」
  一言、ウソの前置きをしてから。
「俺には、お前が一番」
得意の笑顔でさらりと。……親友の顔でからりと笑って伝えた。何よりも、本心をそのまま ぶつけてクラウドを怯えさせたくなかったから。
  傷付けたくなかった。今はそれだけ言えれば充分のようにも思えた。
  すると、クラウドがくしゃりと顔を歪めた。
「ザックス、俺は、」
  クラウドが言った。
「俺だって本当は……あんたと同じ気持ち……だ」
  切なげに眉を寄せて、消え入りそうな声でそう言った。
  信じられないような思いでその表情に捕らわれたザックスの顔が再び真摯の色を帯びていくのを、クラウドはただ、じっと見つめていた。