「可愛い……」
母親の腕の中ですやすやと眠る赤ん坊を飽きることなく見つめるのはパンネロとアーシェ。
広場のベンチに腰掛け日光浴を楽しむ母と子の姿を見かけついつい近付いていったパンネロの後に
続いたアーシェもまた、
その赤ん坊の愛らしい寝顔に釘付けとなってしまった。
まだ幼い自分の息子の寝姿を褒め目を細める若い娘達に、母親も気をよくしたらしく、「抱い
てみる?」と勧めてくる。
その申し出にえ、と戸惑ってしまったのはアーシェだけで、パンネロは嬉しそうに目を輝かせていた。
「いいんですか!?」
「ええ、どうぞ」
笑って手を伸ばす母親から、パンネロは気後れすることなくしっかりと赤ちゃんを受け取る。
「わぁ、温かくてほんとうに可愛い!」
アーシェはパンネロの手の中に移った赤ちゃんを覗き込む。
柔らかそうな頬にぷっくりとした唇。可愛い寝息と共に微かに胸が上下している。
この世に生を受けて間もない小さな命の息吹が感じられ、アーシェは一層目を細めた。
「そちらのお嬢さんもどうぞ?」
優しげなアーシェの微笑みを見て母親が笑いかける。
「あ、ありがとう」
パンネロよりいくらかおっかなびっくりではあったが、アーシェもまた大事そうに赤ん坊を腕に抱いた。
パンネロが先に抱いてくれたお陰で何とか抱き方も分かる。
腕に乗った確かな重みが何だか嬉しい。
アーシェは末っ子であった為、こんなに近くで赤ちゃんを見たのは初めてだった。
ふとその紅葉のような両手に目が留まる。
「ちいさい……」
細くて小さな赤ん坊の手の平はピンク色で、これがいつか自分と同じ程大きくなるのか
と考えたらとても不思議な感じがする。
自分にもこんな頃があったのかと思うと、もっと不思議だ。
アーシェは腕の中の幼い指先を撫でながら、心の底からこの子が可愛いと思った。
自分の子供でなくても赤ん坊はこんなにも可愛いのだ。もし子供が出来たらどんなに―――
アーシェは少しだけ寂しそうな表情を浮かべたが、そこで思考を止め、赤ん坊を母親の腕に戻した。
「有難うございました。凄く可愛い」
「どういたしまして」
最後に幸せそうな母親の顔を見てもう一度笑ってから、アーシェはパンネロと共に母子に別れを告げた。
予想よりずっと長い時間待たされていたヴァン達はアーシェとパンネロが漸く母子に手を振ったのを見て溜息を吐いた。
「やぁっと戻ってきた。なげーよパンネロ!」
「ごめんヴァンー。だってすっごく可愛かったんだよ! ヴァンも行けばよかったのに」
「ヤだよ、赤ちゃんの抱っこなんて女じゃあるまいし」
ヴァンは文句を言いながら両手を頭の後ろで組んでくるりと振り返る。
「ていうかさ、アーシェもそういうの興味あったのか? お前が見に行ったの意外なんだけど」
いつものことながら無礼な物言いでヴァンが訊ねる。
アーシェもいい加減慣れたのか特に怒るでもなく、ただ呆れたような顔で返した。
「いいでしょ別に」
「いや、いいけどさ。……アーシェも女のコなんだなー」
更に失礼な言葉が返ってきたが、アーシェは黙殺した。それでも多少の不機嫌な顔は隠せず、
そのムっとした顔にバルフレアが笑う。
「ヴァン、お前はほんとにナチュラルに礼儀のないヤツだな」
「同感だ」
「同感ね」
バッシュとフランがクールに同意する。
「で、でも、可愛かったですよねーっアーシェ様!」
パンネロが少しでもフォローをしようとしているのか、慌てて高いトーンで言った。
アーシェはその分かりやすさに思わずくすりと笑みを零しながら頷く。
「ほんとにね。あんなに手が小さいなんて、驚いたわ」
また抱いてみたい、と頬を緩めて少し照れくさそうにアーシェが言う。
素直に感動を語るその様子にヴァンをはじめ一同は驚いたようであったが、すぐにほっと
したように頬を緩めた。
いつも気を引き締めてばかりの王女にはこういう時間が大切なのだ。
ヴァンもそれに気付いたらしく、「またどっかで抱かせてもらえばいいじゃん」と笑った。
「そうね。……そろそろ行きましょうか」
休息の終わりをアーシェが告げる。
また旅の続きを。
さっき思ったこと――
もしも子供が出来たらどんなに可愛いだろう、なんて、今は頭の端にも入れておくべき
ことじゃないのだから。
そんな風にアーシェが考えていると、バルフレアと目が合った。
見透かすように笑みを浮かべられたが、その表情は意地の悪いものではなく何処か優しげな。
「なに?」
アーシェが訝しげに首を傾げると、バルフレアはそっとアーシェの耳に唇を近づけて囁いた。
「子供が欲しいなら協力してやってもいいぜ?」
「……!」
アーシェは驚きに目を瞠り、すぐにその頬に赤みが差す。
彼女の顔を覗き込みながら今度こそ面白そうに目を細めたバルフレア。
しかし
「では欲しくなったらお願いするわ」
予想外の言葉。
呆気にとられてバルフレアが口をぽかんと開く。
目の前には可笑しそうなアーシェの顔。
「貴方がそんな顔するなんて思わなかった」
クスクス笑うとアーシェはひらひらとバルフレアの目を覚まさせるように片手を振って彼から離
れてしまった。
そんな顔、と言われ不覚にも一本取られたことに気付き、バルフレアはこめかみを押さえる。
「………後悔すんなよ」
聞こえてはいないであろう負け惜しみの言葉を呟きながら、彼女の言葉に本気が少しでも混じっているのかどうかを真剣に悩む
バルフレアであった。