火の点いた欲望





  発端が何だったかなど分からない。
  意図せず目が合うことが増えた。
  視線が交わる長さが増えた。
  かち合った目に映る己の姿が濃くなったように見えた。
  ふっと笑みを浮かべられれば胸に暖かなものが生まれ気が和らぐのが分かった。
  それは蝋がちらちらと揺れる火に融かされてゆくように徐々に変わっていく筈だったように思う。
  だがしかし、変化は突如として起きるもので―――。
「斎藤」
  行灯の中の炎が不安定に踊るだけの暗い室内で、斎藤は土方の強すぎる視線に捕らわれて動けなくなっていた。
  空気は突然に変わった。
  発端は何だっただろうか。斎藤は懸命に考えるがこの短い間で答えが出るべくもない。
  唇が落ちてきてかさついた感触が合わさった。
  斎藤が反射的に息を止めると、伏せられた瞼を縁取る土方の長い睫が眼前に見える。
  唇が濡れたことで漸く口付けを思い出したように斎藤は鼻で呼吸を再開した。
  抗う気配の無い斎藤。その後頭部を、土方はぐっと押さえ、口付けを深めていく。
「ん、ぅ……っ」
  幾度も角度を変えて唇を食み直せば、斎藤が艶やかな息を漏らした。
(堪らねぇな……)
  唇を存分に味わいながら、土方は恐ろしく高揚している自分に気付く。
  思っていたよりもずっと、自分は斎藤を欲していたらしい。
  男相手の熱などは全く解せないものの、体が欲しいと鳴くならばそれに従ってやるのが土方の理念だった。
  気にするとしたら、斎藤の意向一つ。
  音を立てて唇を離しながら、土方は斎藤の頭を仰け反らせ、赤く色付いた目元を見下ろした。
「抱きたい。いいか」
  掠れた声が伺いでなく殆ど宣言になったことに土方は苦笑する。
  我ながら何て正直で飾り気の無い。
  斎藤の眸が奥で揺らぎ、その中に馬鹿みたいに真剣な顔をした自分が居る。
  斎藤は何も言わなかった。
  ただ、少し頭を浮かせたかと思うと答えるように土方に口付けた。
  ――――それが合図。
  互いの心情を何一つ説明しないのに目まぐるしく変わっていく。
(欲は油だ)
  小さな炎に油が撒かれ一瞬にして燃え上がる。
  火の点いた欲は激しく急いて、重なる二人を融かし出した。