「まったく、腹の立つ男やね」
土間の方から戻って来た女が苛々と当り散らすように斎藤に話し掛けた。
柱の前で隊士達の稽古を見ていた斎藤は、確か向こうには土方さんがいた筈だと思いながら女にちらと視線
をやる。その美しいと評される顔の眉間には珍しく皺が寄っていた。
「あんた、あんな男の何処がいいん?」
自分の存在に気付いているのに「どうした」とも何とも言葉を発さない斎藤に焦れたのかお梅が斎藤の顔を覗き込む。
「あんな男とは」
「土方はんのことどす。ちょっとお持てになるからって女を馬鹿にしてるんと違います? あんな高飛車な男、一晩だってこっちから願い下げだわ」
「……あの人を誘って振られたのか」
お梅の言葉から想像がついた。芹沢に取り入り隊士達の前で無駄に
色気を振りまくこの女ならやりかねないし、それに対する土方の反応も想像に易い。
お梅には総司までもが誘われたらしいが、流石にこれは彼女が人を間違えたと
しか言いようが無いだろう。
(何言ってたんだろねあの女と総司は一蹴した。)
斎藤の平坦な口調に小馬鹿にされたと思ったのか、お梅は更に苛立ちを募らせる。
「誘ったなんて。ちょっと近付いてみただけどす。どんな顔するか見たかったんやけど、それはもう、さらっとしてつまらないもんでしたわ。
男はんらも、何が良くってあの人に付き従ってらっしゃるんだか分かりまへんなぁ」
土方に気があるわけでもあるまいに、お梅は妙に苛立っている。
いつも気怠げで男を手玉に取っているこの女が、時折こうして身の内の不満を吐き出すような顔をすることを斎藤は知っていた。
「あんたには分からんだろうな。分かる必要も無いが」
「何やのそれ! あんたもうちのこと馬鹿にしとるん?」
涼しげな斎藤を弾かれたように睨んだお梅の目の奥を、斎藤は探るようにじっと見つめた。
「あんた、自分に靡く男とそうでない男、本当はどちらなら認めるんだ」
「どっちも嫌やわ。……男はんらはみぃんな勝手。うちを使うだけ使って捨てて、見下して」
「芹沢さんは違うのだろう。あんたにとって」
「……知らんわ。ただ……あの人はうちと似ているような気がするから……」
芹沢の話になると次第に声を落として、「知らんわ」ともう一度呟いたきりお梅は黙り込んだ。
男が好きなように見せ掛けて裏では男の破滅を望んでいる女が、芹沢と共に在ることで何かを望み始めたのかもしれない。
己を通り過ぎてきた者全てへの澱んだ恨みを持て余して苛立っているのか。
斎藤は暫くお梅を見つめていたが、やがてくるりと背を向けた。
「あんたの生き方を否定する気は無い。人には人の立ち位置がある。あんたはそうして芹沢さんと一緒にいれば良い」
言い残し場を立ち去ろうとする斎藤を
「――っ待って!」
お梅が呼び止めた。
「あんたのこと! 芹沢は気に入っているみたいや。腕の立つ、珍しく気骨のある男だって言ってたんよ!」
小走りに駆け寄ってきたお梅はその生白い腕を斎藤の腕に絡めた。
「斎藤はん。こっちに……来ぃひん?」
斎藤が見下ろすと、小首を傾げて見上げてくるお梅の顔は先程翳りを見せたそれとは異なっていた。
いつもの、人を誑かす気怠げで艶のある女の顔。
(芹沢の為――か)
己を受け入れない世を蔑みながら己と似た者の集う世を探す。
己と似た匂いの仲間を求め其処に居付き、其処にすら居場所が無いかと思えば執拗に焦る。
芹沢もお梅も、確かに似ているのかもしれない。
そしてそれは、この自分も。
斎藤は薄く笑みを浮かべた。
嘲るでなく蔑むでもなく
「俺の立ち位置もまた俺が決めることだ」
それは芹沢の所では、無い。
* * *
「彼女に何て言ったんです?」
夜半の雑談の中で斎藤は訊いた。
「体が火照ってしょうがねぇなら一晩くらい付き合ってやるって言ったな。確か」
そう言っておいて今宵此処にいるということは違うのだろうとは思ったが
「一晩付き合えと言われたら抱いていましたか?」
「そんな訳ねぇだろ。只でさえ芹沢とごたごたしてんのにこれ以上拗れるような
ことするか」
「ですね。彼女は何と?」
「女が皆あんたを好きになるわけじゃない。目ぇ覚ましーっだと。ふん、同じ言葉をそのまま返してやりたかったぜ」
軽く笑って土方は付け足した。
「昔の俺だってあの女にゃ引っ掛からなかったろうよ」
「……本当ですか?」
「ん?」
「昔は随分と、その……方々に手を出されたと聞きましたが」
言い難そうに、だが探るように土方を見つめた斎藤の頤を土方は掴む。
「妬いてんのか」
「いえ、別に」
「本当か?」
「……さあ?」
言ってするりと視線を逃がした斎藤のその表情。
「あの女よりお前の方がよっぽど誘われる」
誘う唇に土方は口付けを落とした。