不満感情





「アーシェには見えてるんだ」
  アーシェは遠くの一点を見つめながらまるで吸い込まれるように門の奥へ と歩み始め、ヴァンはそんな彼女の様子を見て呟くようにそう言った。
  アーシェを見失わ ないようバッシュがまず動き、その後に続きながらバルフレアは性急にヴァンに尋ねる。
「おい、誰が見えてるって?」
  些か乱暴になったバルフレアの口調に 戸惑ったようで、ヴァンは頬をぽりぽりと掻きながら口を開いた。
「王子だよ」
「……なに?」
「アーシェが結婚してた人」
  それを聞いたバルフレアが確かめるように横のフランに視線を投げかけると、フランは無言 で首を傾げ肩を竦めた。
  ヴィエラにも見えないものらしい、が、――確かにアーシェは何かを 見ていた。
  そしてヴァンはそれが王子だという。
「何で分かる?」
「……俺も見たことがあるんだ。前にレイスウォール王墓の暁の断片の部屋で、王 子みたいな幻を。
俺は今は見えなくなって……でもアーシェは何回か見てるみたいだし、今もき っと、さ」
「……」
「何かを訴えてるのかな」
   それだけ言うと、ヴァンは難しい顔をして黙り込んだ。
  バルフレアもまた眉を微かに顰めて、一度も後ろを振り返ることなく先へ 歩いていくアーシェの後姿を見つめた。
  奥へ進むのは危険で、皆そうすべきではないと分かっている。
   だが王子の幻は、アーシェを奥へと誘う。
(アーシェに何をさせようとしている?)
   バルフレアは心中で独り言ち、舌打ちをした。
(復讐だか何だか目的は知らないが、危険 な場所に女を引き摺り込もうなんて随分身勝手な王子もいたもんだ)
  たとえそれが真実の王子の姿ではなかったとしても、そしてこうし て奥に向かうのがアーシェ自身の意思だったとしても、
  ――気に入らない。
  より気に入らないのは、こうして頭の中でいろいろ考えていてもそれを口 に出してアーシェを止めない自分だ、とバルフレアは思う。
   これは彼女の問題だと割り切りたいのに、近頃随分首を突っ込んで口を挟みたがる自分がいる。
  やけに悶々としている。こんなのは自分らしく、いや、まったく空賊らしく ない。
  バルフレアは前方のアーシェとその更に前方、何も見えない空間 に向かって、一人複雑な表情を浮かべていた。









心配と、嫉妬に似た感情。