リビングのソファで音楽を聴きながら寛いでいると、ひょ
いと肘掛を跨いでLが隣に座った。
ソファの上のムートンがLの足に踏まれるのを横目で見てから私は雑誌
にまた目を向ける。
Lは暫くじっとしていたが、不意に耳からイヤホンが抜き去られ
る感触と共に曲が片方聞こえなくなった。
私の右耳から取り上げたイヤホンを、Lが自分の耳に
嵌めたのだ。
「どうしたのL?」
少し驚いて訊くと、Lは僅かに口角を上げて言う。
「いえ、どんな曲を聴いているのかと思いまして」
「……興味ある?」
「はい」
顎を動かして肯定したLの答えに、私は何となく微笑ましい気持ちに
なって頬が緩んでしまった。
はいと答えたけれど、Lは案外、私がイヤホンの中の世界に篭りきり
なのが寂しかったんじゃないだろうか、
なんて思って。
いつもは謎だらけのLだけど、こういう時はちょっとだけ分かり易い。
……だってさっき、拗ねた猫が突然ソファに飛び乗ってきたみたいだった。
Lには猫のような所がある。
近付いて触れようとすると逃げるのに、放っておくと近付いてきて構って貰おうとするような勝手な所。
(まあ、他にも狸みたいだったり梟みたいだったり、いろんな顔があるけど)
本人に言ったら心外だと返されそうなこと。
抜けているようで全く隙がないからだよ、と言い訳してもダメそうだ。
こっそりとそんなことを思っていると、Lが近付いて来るまで聴いていた曲が終わって次の曲が始まった。
(あ)
その曲は、私が飽きずに何度も何度も聴く曲。
…Please
lend me your feeling,
mind,
and love …
――バラード。
ピアノの穏やかなメロディーと、柔らかな歌声が紡ぐ願い。
ゆったりと心の中に染み込んでくるような――
「凄く好き、この曲」
心地良い言葉に耳を傾けながら私は言う。
「不思議な曲です」
Lが感心したように言った。
「そう、不思議な感じ」
歌詞の一つ一つが願いのこの曲は、歌に籠められた想いというより、想いが歌を構成している。
不思議な歌だと、私も思った。
それに、
それだけじゃない魅力がこれにはある。
「この曲聴くとLを思い出すの」
伝わるかなあと願いながら伝えた。
「何故ですか?」
Lが首を傾げる。
「だってほら、」
イヤホンを指差して、歌詞をよく聴くように促した。
…
……
lend me you
and your strength
I'll return it…
“あなたを、あなたの強さを貸して”
「難問にぶつかった時とか、今だけでもLの頭貸してくれーって思うし」
課題が終わらなそうな時でしょー、プレゼンで緊張したときでしょー。
指折り数えて見せるとLは呆れた顔をした。
「……これはそういう意味の歌詞ではないでしょう」
「分かってますー」
笑いながら返した。
本当は、本当にこの歌詞がLへのお願いみたいだな、なんて思いながら。
Lの強さを今だけでも借りたいと思ったこと、Lが今だけでも傍にいてくれたらと思ったこと、本当は何度もある。
そんな瞬間は何度でもある。
じっとLを見つめる。
Lは唐突に、「いいですよ返してくれなくて」と言った。
「え?」
意味を図りかねて私は聞き返す。
Lの大きな目と、真っ直ぐに視線が合った。
「私ならいつでも貸してあげますし、返却不要です」
そんな風に私の顔を覗き込んで言ったLには、――逡巡してしまった。
もしかしたら、
冗談で流そうとしたマジメな部分が見えたのだろうか?
……不意打ち。
「………ありがと」
途端に照れくさくなってしまって、視線を不自然に彷徨わせた挙句結局床を向いてぽそりと呟いた。
「はい」
言う方だって結構、かなり、恥ずかしい筈なのに、Lは何でもなさそうな声で答える。
あんたは照れるってことを知らんのかと文句の一つも言いたくなってくる。
(知らないんだろうけど)
どうせ言ったって、「照れてますよ?」と飄々とした顔で答えるに決まっている。
せめてうらめしそうな視線でもくれてやろうと顔を上げると
「!」
……キスをされた。
「な、なに……」
「いえ、お願いされたので」
「は?」
訳が分からなかったが、そこでLがiPodに手を伸ばし、ボタンを操作した。
巻き戻し。
そういえば音楽を聴いていたんだった。
大好きな曲を初めて途中スルーしたかもしれない。
再び再生されるメロディーの最後の部分。
…to me,
lend me kiss
……
「……これ?」
その歌詞の中でLの行動の原因と思わしき一節に当たり、今度は私が呆れてじと目で見てやる。
「“lend me kiss”です」
Lは大真面目な顔をして頷いた。
溜息が漏れる。
「因みにこれは要返却、ですよ?」
唇で人差し指を銜えるようないつもの仕草をしながらLが言う。
「……はぁ」
どうやら“返却”するまで引きそうにないLに溜息を吐きつつも、
好きな曲を好きな人と聴く、というのは とても心地良いことだと思った。