悔恨の牢獄





「はじめくんさぁ……」
  散々土方に嬲られ血のこびり付いた俺の固い頬を、総司の刀がするすると滑る。
  高所に括られているせいで下にある彼の顔は、暗闇と霞む目のせいであまり見えぬが、眸だけがギラギラと殺意で煌いていた。
  反して、土方は先程までの荒々しさを失くし無感情に俺を見上げている。
(ああ、この顔が――)
  昨日までは俺を信頼してくれていたのだ。総司もまた。
「僕が近藤さんをどれだけ大切に思っているか、キミは知っていた筈だよね?」
(知っている)
「キミに何度も話したし、キミだって近藤さんを敬って、大切にしてくれていた」
「……」
「なのに何で」
  刃がぐっと押し付けられて皮膚が裂けていく。
  新たな血臭を間近で嗅ぎながら頬の肉まで削ぎ落とされるかもしれないと思ったが、彼はそこで刃を止めた。
「何で僕を裏切ったのかな……?」
  近藤さんを、僕達を。
  ――歪めた眉が。
  憎憎しげに見つめるその眼が。
  何故俺に向けられているのだろうと、考え始めて直ぐに止めた。
「俺は命令通りに動いただけだ」
  此処に捕らわれてから幾度も口にしたことを繰り返す。
「間者として、主の意の儘に動いた迄」
  結果として失敗だった故に今此処に捕らわれているが。
  総司がははっと甲高く笑う。
「キミの主は土方さんじゃなかった?」
「違う」
「土方さんや近藤さんを慕ってたじゃない」
「“振り”だ」
「僕のことも?」
  背を預けて戦ったことも、冗談を口にして笑ったことも、共に肌で慰め合ったことも。
  総司の唸り声が例え泣きそうな声音だったとしても、俺は最早真実しか口にしない。
「全て、主の為の偽り」
  言った瞬間に腕から胸にかけて熱い痛みが走った。
「うあッ……」
  流れ出る赤い血が下半身へ、その下へと幾つもの線を描いて落ちていく。
  体液と血液が、固まったものとそうでないものとが再び混じり合って、またこの体にこびり付く。
  傷口が浅いのは総司の躊躇いの証だった。
  それでも数刻の後、此れは汚い死体となってその辺りに打ち捨てられるのだろうと考えると、己には似合いだと自嘲の笑みが零れた。
(何処にも居場所など無かった)
  左構えとして何処にも受け入れられず、掃溜めで雇われて人を殺すことを生業にしていた。
  そんな時、ほんの瑣末な事で失敗を犯した。そこで助力し俺の命を救った者が俺の主。
  「恩」を事あるごとに唱え、それに報いよと俺を利用し続けた者が俺の主。
  続けているうちに俺はいつの間にか彼に逆らえなくなっていた。
  「近藤を殺せ」という全てを失う命令にさえも。
  「主」など、本当は何処にもいなかったのに。
  唯一この場所は俺を受け入れてくれていたのに。
  己への失望と絶望から目を逸らすように、或いは救いを求めるように土方の姿を探した。
(嘘だ)
  少しも慕っていなかったなど、俺は真実しか口にしないなど、全てが嘘だ。
  血塗れの愚かな俺を土方が見上げている。
  その眸が無感情でなく、燃えるような熱い、激しい目をしていることに気付き俺は安心した。
  このような俺の死にも、この人はまだ何かを感じてくれるのだ。
  決して許されはしないけれど。
「もういい」
  土方がいつもの、吸引力のある声で短く言った。
「総司、俺がやる」
  土方の持ち上げた刀が涼やかに鳴いた。
  擦るような足音を響かせて彼が近付いてくる。
  剥き出しの刀を構えた彼が、俺の前に立った。
「斎藤」
  彼は迷うように何度も視線を彷徨わせて何かを告げようとし、結局
「すまねぇな」
  と。

  笑ってしまう。
(一体何に謝っているのですか)
  口に思わず浮かんだ己の笑みが喜びから来るものなのだと悟った瞬間に俺は。
  土方の刀が宙を薙いで俺へと到達した。











BADエンド的な斎藤間者設定。そのうち裏で暴行シーンとか…。