飼い主気分で5のお題





1、餌の材料も吟味して


  スコールが道端に捨てられていた白い雄猫を拾い、クラウドと名付け飼い始めてから一月が経つ。
  (何故そう名付けたのかは秘密だ)
  彼は気取った外見と一致してプライドの高い猫のようで、そろそろスコールに慣れたとはいえ態度はいつもつれない。 が、餌の時間は話が別だった。
  ふーっともしゃーっとも言わずスコールに自分から近付いて来た彼は強請るような可愛らしい声を上げる。
「にゃあ〜ん」
  スコールの足にこしこしと頭を擦り付け下から見上げてくる様は猛烈に可愛い。
「クラウド、そう急かさないでくれ」
  スコールはクラウドの頭をぽんぽんと撫でてからキッチンに行き、昨日買って来たキャットフードの袋を開けざらざらと餌を 皿に入れた。
「ほら」
  水と一緒に出してやるとクラウドは目をぱちりと輝かせすぐに皿に顔を突っ込んだ。
  耳をぺたりと後ろに倒しながら餌を頬張るその様子はいつ見ても可愛い。
  スコールは知らなかったのだが、最初の頃買った餌は保存料などの点であまり評判が良くなかったものらしい。
  そこで猫を飼っている飼い主のブログにあったお勧めのキャットフードに変えてみたのだ。
  食事というのは生物の体を構成し維持する上で最重要であり、その原材料次第で寿命に影響するかも しれないのだ。だからペットの食事は人間がしっかりと管理してやらねばならない。
  はふはふと餌を食べていたクラウドはそこで初めて顔を上げた。
  「美味しい」とでも言うように満足気に目を細めにーっとスコールに向けて一鳴きすると、また食事を再開する。
  どうやら新しい餌を気に入ってくれたようだ。
  スコールはほっとして、クラウドのなだらかな背中を撫でた。



2、首輪はもちろん特注品


(そういえば首輪が無いな)
  クラウドの白くふさふさした体を眺めながらスコールはその首に首輪を付けていない ことに気付いた。
  窮屈そうでクラウドは嫌がるかもしれないが、もし野良と間違われて保健所に連れて行かれ たら事だ。予防の為付けた方がいいな、と考えてスコールは電話を取った。
  電話帳から慣れた番号を呼び出しコールする。少しの後に相手が電話に出た。
「もしもしスコール? どしたんだ、お前が休日に電話してくるなんて珍しいじゃん」
  電話の相手、ゼルの声はいつも通り元気で少し五月蝿かったがスコールは我慢する。
「あーゼル。すまないがちょっと頼みたいことがあるんだ」
「え? 何だよ」
「お前、前にリノアに俺と揃いの指輪を作ってやったろ?」
「ん? ああアレか、うん」
「今度は首輪を作って欲しいんだ。俺の指輪、グリーヴァと同じデザインにして欲しい」
「え、首輪? それ……リノアに贈んの?」
「馬鹿違う。猫を飼い始めたんで、その猫用だ」
「猫!? スコールが!?」
「そんなに驚くようなことか?」
「そりゃ驚くって。動物の世話なんか出来そうにねーじゃんお前」
「…………」
「あーっ待て待て悪かった! 黙んなよ、作ってやるからさっ」
「頼む。さっきも言ったが俺のグリーヴァと同じデザインだ。明日指輪を貸すからそれを見本にしてくれ」
「はいよ分かった。……でもスコールさ、別に猫の首輪なんかその辺で売ってるヤツでいんじ ゃねぇの? だって猫じゃん」
「お前……、全く分かってないな。いいか、クラウドはその辺の猫とは違うんだ。当然首輪だ って特注じゃなきゃダメだ」
「……えーと……(分かってないって当たり前だろ、俺はその猫知らないんだから。……ん? ていうか クラウドって、猫の名前かよ?)」
  ゼルは混乱していたがスコールはお構い無しに「じゃ頼むぞ」と言うとその儘電話を切ってしま った。
  ……何とも勝手な奴である。
  ゼルは頭の中に幾つも疑問符を浮かべていたが、とりあえずそのペットの猫とやらは是非見せてもらわねばと 意気込むことで納得することにした。



3、専用ドアなんて当たり前


  クラウドは散歩好きだ。
  それは外のみに限らず室内についても言えることで、彼は家中の部屋を常に転々としている。
  リビングの床に寝そべっていたかと思えばスコールのデスクに乗ってブラインドの隙間から外を見ていたり、籠の中で 微睡んでいたかと思えばスコールのベッドを我が物顔で占拠していたり。
  只そうやって自由に移動出来るのは室内のドアがきっちり閉まっていない場合に限る。
  それはそうだろう、クラウドは猫であり、人のように手を使ってノブを捻るということが出来ないのだから。
  だからドアが閉まっていてクラウドが其処を開けたい時彼はカリカリとドアを引っ掻いてアピールし、それに気付いた スコールがドアを開ける、という風にしていたのだが、スコールは最近それを変えてやりたいと思っている。
  全てのドアをいつも開放しておくのは冷暖房などのことを考えると非効率的だし、何よりスコールが落ち着かない。
  どうすればいいかと考え、答えは直ぐに出た。
  猫用のドアを造ってやればいいのだ。
「よし」
  思い立ったが吉日。善は急げだ。スコールは定規と鋸を手にしてすっくとドアの前に立った。


  ……翌日。
  スコールに何の合図もすることなく家中の部屋を自由気儘に闊歩するクラウドの姿があった。
  彼の出入り口は人間用のドアの下方に開けられたクラウドのサイズより少しだけ大きな穴。
  要するに、全てのドアは一部くり抜かれていた。
  スコールはその穴に後で蝶番で扉を付けるつもりで、それを以ってクラウドの専用ドアが完成するというわけだ。
  ところで、スコールは一つだけ失念していたことがある。
  此処はスコールの家、だが―――マンションであった。
「……管理人にどう言い訳するか……」
  くり抜かれたドアの言い訳を真面目に悩む青年が一人。
  我関せずといった顔で部屋を散策している猫が一匹。
  彼らにとってクラウドの専用ドアは当たり前だった。



4、寝床の日当たりも抜群です


  午後三時。ベランダから洗濯物を取り室内に入れる。
  今日の天気は快晴で朝から出していた洗濯物は完璧に乾き太陽の匂いを放っていた。
  その独特の良い匂いを吸い込みながらハンガーと洗濯挟みからシーツやシャツやタオルやらを取り外し床に山を作る。
  スコールは座り込みさて畳もうかと山に手を伸ばした。
「ん?」
  と、ついさっきまで棚の上で毛繕いをしていた筈のクラウドがいつの間にか傍まで来ていることに気付く。
  彼は尻尾をふりふり一直線に歩いてくると、ぽすっと当たり前のように洗濯物の山に飛び乗った。
「……」
  今まさに畳もうとしていたスコールの衣服やら何やらはクラウドの敷布にされることが決定したようだ。
  手を伸ばすことも引っ込めることも出来ない儘固まっているスコールを尻目に彼は日光の熱を吸った柔らかい新たな寝床で 寛ぎだす。
  背骨と腕を伸ばしてんーと伸びをするとその状態からころりと横になり目を弧にして実に気持ち良さそうだ。
  白い毛が白い洗濯物と混じりすっかり同化している。
「其処で寝られると困るんだが……」
  申し訳程度に抗議するとクラウドは薄らと目を開けて丸い手でぽん、と敷布を叩いた。
  まるで一緒に寝れば気持ちいいぞと誘うように。
  スコールは仕方ないなとちょっと笑うと畳むのを諦めて洗濯物の中、クラウドの横に身を埋めた。
  横になった儘クラウドの体に頬を寄せると鼻の頭を彼の毛が擽る。
「クラウドは温かいな」
  ぽかぽかと暖かい午後の日差しが一人と一匹を眠りへと誘う。
  猫とスコールの寝息が重なり出すのはすぐだった。



5、アルバムが二桁を越えました


「やっほいスコール、遊びに来たよー!」
  もう何度も訪れたことのあるスコールの部屋だが、彼が猫を飼い始めてからリノアが此処を訪れるのは今日が初めてだ。
「ああ、どうぞ」
「お邪魔しまっす」
  いつもの無愛想を少し緩めたスコールが出迎え、彼が溺愛していると噂のペットを拝もうとリノアはご機嫌でリビングに足を踏み入れた。
「わ〜! っ可愛い!」
  部屋に入ると目に入ってきたのは人間用の黒革のソファで丸まっている真綿のような白い猫。ふさふさ長い毛が柔らかで温かそうだ。
  猫は訪問者の高い声にぴくりと耳を動かし顔を上げると、「にゃあ」と短く挨拶をした。
「わ、鳴いた! 猫ちゃんこんにちは、リノアだよー。ねぇスコール、このコの名前は?」
「……クラウドだ」
「へぇ、何か人間ぽい名前。(どっかの動物園にもそんな名前で棒振り回すクマがいなかったっけ?)……ていうかクラウドってオスなんだ!」
  リノアはひょいとクラウドを持ち上げてその体をひっくり返して確認してみる。
「にゃああっ」
「おいっ」
  何するんだと言わんばかりに抗議の声を出すクラウドに慌て、スコールが過保護な親宜しくリノアからクラウドを奪い返した。
「まったく、あまり乱暴に扱わないでくれ」
「えー? だってアンジェロと遊ぶ時はいつもひっくり返して捏ねくり回すよ?」
「うちのクラウドはデリケートなんだ。モンスターにぶつけられても平然としているようなアンジェロと一緒にするな」
(アンジェロキャノンのこと言ってるのかしら)
  リノアはむっとして言い返した。
「スコール、噂には聞いてたけどすんごい溺愛だね。あんまり過保護にすると猫ちゃんうざがるんじゃない?」
「心配無用だ」
  きっぱりと言い切ったスコールであるが、スコールの腕の中できつそうにもぞもぞ動く猫が少し迷惑そうな顔をしていることに気付かない のだろうか。リノアは「絶対うざがってるって」と溜息を吐いてからきょろきょろと部屋を見渡した。
  猫の気性によってはカーテンが破られたり壁紙を剥がされたりする筈だけれど、この部屋にそういった跡は無い。
「クラウドって賢くて穏やかな猫ちゃんなんだ」
  そう言うと褒められて気を良くしたのかスコールは猫を抱いた儘ソファに座り上機嫌で頷いた。
「まあな。俺の躾もいいし」
「あはは」
  リノアは乾いた笑みを漏らすと、ふとブックシェルフの中にずらりと並んだファイルを見つけた。
  『Cファイル』とタイトルシールが貼られているがそれらはどうやらアルバムのようだ。
「ねえスコール、このアルバム見てもいい?」
  何となく中が気になってリノアは訊ねた。
  他人の写真にも自分の写真にも興味の無さそうなスコールがアルバムをこんなに持っていることが意外だったのだ。
「ああ、構わない」
  断られるかと思っていたが案外簡単に家主の許可が出た。リノアは嬉々として一冊目のアルバムを開いたのだが……
「ふんふん、最初はクラウドの写真ね」
  ぱらり。
「ニページ目もクラウド?」
  ぱらり。
「次も……クラウド」
  ぱらり。
「……クラウド……」
  リノアは無表情で一冊目を棚に仕舞い二冊目を取り出した。ぱらぱらと捲る。
「…………」
  二冊目もクラウドだらけだ。
「…………」
「…………」
  三冊目、四冊目、と次々に出しては捲り、棚に戻していく。
  五冊目まで確認したところでリノアはとうとう堪えきれなくなり、「はあーーーーーっ」と肺の中の酸素を全部出してしまうような長 い溜息を吐いた。物凄く嫌そうな顔をスコールに向ける。
「……あの、スコールさん。何ですかこれは」
「……見れば分かるだろう」
  さすがにリノアの言いたいことも分かるのか、ばつが悪そうにスコールが視線を逸らして答える。
(いや、そりゃ見りゃ分かるけど)
「ちなみに一体何冊がクラウド写真集になってるわけ?」
「……アルバムが二桁を越えた」
「ハァ!? ちょっ、私との写真だって十枚も無いのに。嘘でしょ!? ありえない」
「いや、そう言われてもな。……だってクラウド可愛いんだ」
「何それ! 私は可愛くないってこと?」
「そうは言わない。だがリノア、見てくれ。クラウドのこの宝石のような眼、すらりとした長い足、綿菓子のように柔らかな毛を」
  極めつけにこの肉球の何とも言えない触感、などと言いながらスコールはクラウドの手を取って撫ですさりぷにぷにと肉球を弄んでいる。
  そういえばさっき見た写真の中には肉球のみアップで撮ったものもあったような気がする。(アホだ……)
  ショックと驚きと腹立たしさでリノアの開いた口は塞がらなくなった。だが心中を最も占めていたのは強烈な呆れだろう。
  たっぷり十秒は口を開けっ放していたリノアはやがて何とか理性を取り戻すと、
「……よく分かったわ、スコール。貴方は私よりそのコの方が大事なんだ」
  まるで彼氏の浮気現場を捕らえた女のような台詞を口にして
「私帰るね、さいならっ」
  さっと踵を返すと大股でずんずん歩きながら部屋を出て行ってしまった。
  勿論スコールの膝上の猫を負け犬宜しくキッと睨むことは忘れずに。
  ……クラウドは修羅場もそ知らぬ顔で足で耳裏をしゃかしゃか掻いていた。
  ふらふらと帰る道を行きながらリノアは、
(猫に負けるなんて……。ああ、それよりも出会った頃のクールなスコールは何処へ……)
  溺愛とは聞いていたとはいえ、クラウドを飼ってからのスコールのあまりの変わりようを直に目にして絶望的な気分になったのだった。







飼い主気分で5のお題 Fin.
配布元 蝶の籠