屋上で息抜き
「はぁ、うっざー」
抜けるような青空の下、立ち入り禁止の屋上で大きな溜息。
顔良し頭良し運動神経良しでその上(一見)性格良しの優等生クラウドは、この瞬間だけは誰も見たことが無い程に
性格の悪い顔をしていた。
「ったく、宿題くらい自分でやってこいよ暇な癖に。だから馬鹿なんだよアイツら」
ぶつぶつと険悪な顔で日頃のストレスを吐き出せるのはこの空間だけだ。
全くクラスの連中どいつもこいつも友達ヅラして優等生の恩恵に預かろうとするハイエナのような人間ばかりだ。
(何が友達だ)
友達、仲間、クラスメイト。そんな都合の良い言葉を調子良く振り翳す人間ほどいざという時信用ならないのをクラウドは知っている。
宿題、課題、テストのヤマかけ、面倒な委員の仕事。結局自分は都合の良いイイヒトでしかないのだ。そしてそういうレッテルを一度
貼られると、悲しいことになかなか抜け出せない。
それに一応優等生として人望がありそうな立場を確立したクラウドにとっては、
それを今更捨てる勇気も無かった。
「授業はくだらないし教師も頭悪いし……」
溜まり溜まったストレスで胸が悪くて怒りの矛先は罪の無いものにまで向けられる。
でもそれだって今だけだ。昼休みが終わってまた教室に戻ったら、八つ当たりもせず優等生。
鬱陶しい連中が擦り寄ってきても蹴り飛ばさずにひたすら我慢。
そんな風にクラウドが自分に言い聞かせていると、
「ひっでー」
心底楽しそうな笑いと共に、そんな声が聞こえてきた。
秘密の会議
(げっ)
しまった聞かれた、とクラウドが思った時はもう遅い。
振り返るとトン、と給水タンクのある上から男が飛び降りてきたところだった。
黒髪の男子学生。悪ガキのようなにやついた、けれど整った顔。シャツの襟元を大きく開けただらしない服装に
校則違反のごついアクセサリー、ハリネズミのような
頭は、不良だとすぐに分かる格好だ。
大体立ち入り禁止の屋上のしかも給水タンクスペースから降りてくるなんて不良に決まっている。
などとクラウドは自分のことを棚に上げながら、突然憩いの場所(もはやパーソナルスペース)に侵入してきたこの無礼者を睨みつけた。
「何が酷いって?」
馬鹿にするように鼻を鳴らして尋ねてやる。
どうせ聞かれてしまったなら今更猫を被る必要は無い。第一こんなヤツ知らないからいいのだ。
「すっげー毒舌。お前のお友達が今の聞いたら石化すんだろな」
黒髪の男もなかなか強かで、クラウドの絶対零度の鋭い視線を明朗な笑顔でさらりと受け流す。
(っていうかなんで笑顔なんだ?)
言葉と対照的にかなり楽しそうだ。
クラウドは訝しげに眉を寄せつつ吐き捨てるように言った。
「本当のことだし」
「ふーん」
いつの間にかクラウドのすぐ隣までやって来ていたその男は、すっと身を屈めクラウドの顔を覗き込む。
悔しいことにこの男、クラウドより頭一つ分高い。
「……なんだよ」
「お前、クラウド・ストライフ?」
「そうだけど」
何で知ってるんだ、と思ったものの、入学時には答辞をやったし委員会もやってて先輩の知り合いもいるし、別にそこまで不思議なこと
でもないか、と結論付ける。
「噂と随分違うのな。キレーな顔の優等生、性格温厚って聞いてたけど、実は本性すげぇのな」
「噂なんて当てになんないもんだろ。バラしたきゃバラせば。俺は全然困らない」
どうせ誰も信じないだろうし。優等生歴は長いんだからな、とクラウドは独り言ちる。
ところが男にその気はないらしい。まーそうとんがるなって、と軽く返して明るくこう言ったのだ。
「こんなおもしれーこと誰にも言わねぇよ。お前と俺だけのヒミツ」
「は?」
面白い?クラウドは目を丸くした。
引かれるか軽蔑されるかのどちらかだと思っていたから、面白いなんて言われるのは予想外だ。
そんなクラウドの戸惑い顔に、男はますます可笑しそうに目を細めた。そして、
「俺はザックス。宜しくなユートーセー」
からかい混じりの自己紹介。
そんなものを残して、男は踵を返し後ろ手にひらひらと手を振る。
……それが校内でも有名な三年の不良の名だとクラウドが気付いたのは、男が屋上から立ち去った後だった。
2人でサボリ
「よぉ、また会ったな」
「どうも」
この間の男ザックスは、屋上というクラウドの楽園にまた勝手に踏み込んでいたらしい。
昼食を済ませさあストレスを発散しようと扉を開け中に入った途端目に入ったその邪魔な存在に、にっこりとクラウドは完璧な笑みを作る。
普段猫を被っている教室でもこんな笑みは見せない。
じゃあ今は何の為に?もちろん、牽制の為。
「あれ? 今日は毒吐かないの?」
飄々とした顔で寛いでいるザックスなるこの男。敵もやっぱり強かだ。
クラウドは負けるもんかと笑顔のまま白い目で見る。
「学校イチ悪名高くて手の早い不良センパイに毒なんか吐いたら、何されるか分かりませんから」
ザックスはクックッと肩を揺らした。
「そう言いつつ毒吐いてマス。やっぱ面白いなーお前」
軽くあしらわれ気に入らないクラウドはムッとして笑みを引っ込める。
「何でいるんだよ」
「んー、息抜き?」
お前と一緒。とザックスは答えて、柵に凭れかかるようにしてズボンのポケットから煙草を取り出した。
一本咥えてからシュボッと音を立てたライターで火を点ける。
その一連の動作に何となく見入ってしまったクラウドは、昨日知人から聞いたザックスという人物について思い出していた。
弱みを見せてしまったなら見返せとばかりに、あの男の弱点はないかとクラウドは調べた。
クラスメイトや先輩達から聞き出せば、皆口を揃えて同じ事を言う。
曰く、ザックスは昔から自己中心的で女癖が悪く素行も悪い。目立つ容姿をしているから絡まれるが、喧嘩が強く無敗。
しかも手加減を知らず相手に重症を負わせたこともしばしば。
けれど親だか親戚だかが権力者で退学にはならないらしい、というのはまあ噂だが。
ついでにこの間まで停学になっていたとか。一体何をしたのやら。
……が、友達は多く人望はある、という情報も同時に飛び込んできた。
校内では結構誰かに囲まれているとかモテるとか、喧嘩をしていてもそれは相手が絡むから悪いんだとか、明るいから好きだとか、
驚いたことに「嫌い」という意見は殆ど聞かなかった。
普通は暴力沙汰を起こすような人種は嫌われる筈なのに、クラウドがザックスのことを訊いて彼らがザックスのことを話す時、
皆が嫌な顔一つせず時には楽しそうに話してくれたのだ。
「…………」
さっさと屋上から追い出してやりたいと思っていたのに、そんなことを思い出していたらザックスに興味が湧いた。
優等生の自分とは対照的なザックス。
一見周囲に慕われているようなポジションにいる自分は、けれど本当に好かれているわけじゃないと思う。
一見皆に嫌われているようなポジションにいるザックスは、なのにどうして嫌われないんだろう?
「……どうなんだ、不良って。やっぱり、楽?」
考えていたことを突然そのまま言葉に出せる筈も無く、クラウドはそんな遠まわしすぎる言葉を選んで問い掛けた。
ザックスは空を見て煙を吐き出していたが、ちらりと横目でクラウドを見た。
「んー……まぁ、楽といえば楽だよな。気ィ遣わず自分の好きなように動けるし。
ていうか、好きなようにしてたらいつの間にか不良呼ばわりされるようになっちったんだけど」
自覚ゼロだよなぁと誰に言うでもなく呟く。クラウドは続けた。
「だけどお前友達多いだろ? 周りの奴らは皆、怖がったりしてない。何でだ?」
「変な質問するなお前」
さーなー、俺が素敵だからじゃねー?とザックスは軽く笑った。
確かに不良のくせに好かれる理由をザックス自身に尋ねるのもおかしな話だが、クラウドはいつの間にか真剣に聞いていた。
「…………」
クラウドが思いの外真面目な顔をしていることに気付き、ザックスは笑いを納める。
「……お前はちげーの?」
クラウドは俯いた。
「俺は………」
俯いて、答える。何でこんな話をしているんだろうと思いながら。
「……駄目だ。頑張らないと、誰も寄ってなんか来ない。寄って来たって碌な奴じゃない」
ザックスが短い溜息を吐くのが聞こえた。
「そうか?」
全然わからないと言いたげなその声音に、何でよく知りもしないこんな奴にこんなことを言ってしまったんだろうと
クラウドが後悔し始めた時、
「確かにつまんねぇ奴もいるだろうけどさ、お前自身を好きで寄って来てる奴だっていると思うぜ」
ザックスが言った。
「………」
「例えば」
にっと笑うザックス。
「俺とか?」
「……何言ってんだ」
クラウドは白けたように言った。
(まだ二回しか会ってないのに。よく知りもしないのに)
「知らないくせにとか言うなよ。二回も会えば充分だ」
クラウドの心中を読んだかのようにザックスが言った。
「こうやって屋上で文句言ってても結局我慢してやれるのは、お前が優しいからだろ?
そういうの、ちゃんと見てる奴もいるって。
俺は好きだけどね。廊下でバカが散らかしてったゴミを黙って片付ける優等生やってるお前も、今の毒舌モード全開のお前も」
「…………」
すとんと胸に落ちてきたその言葉。さらりと言われた誰にも言われたことのない言葉に不意を突かれ、クラウドは立ち尽くした。
「…………」
長い沈黙。ザックスはこちらを窺うように待っている。
(…………やばい)
優しいとか見てるとか。何だか嬉しい……かもしれない。何で嬉しいんだかよく分からないけれど。
報われたような気が、しないでもない。
こんな不良の言葉で陥落すんなよ俺。毒舌返せ俺。と必死に言い聞かせるも、出来そうにない。
仕方なく、ばつの悪そうな顔をクラウドは上げた。
視線の先でザックスが穏やかに笑っている。
――その時、昼休み終了のチャイムが鳴った。
「あ」
もうそんなに時間が経っていたのか、とクラウドは慌てて時計を見る。
「どうすんだ? 教室戻る?」
ザックスが何気なく訊いてくる。
クラウドは一瞬だけ迷った後、
「かったるい。サボる」
……もう少しザックスといたい気がした。
(あれ? 何でゴミのこと知ってるんだ?)
常連サボリ魔
もう何度もクラウドは午後の授業をサボっていた。
相変わらず一見優等生をやっているけれど、この屋上通いだけは以前までと大きく変わった。
昼休みだけだったその時間が、次の授業まで延長される。サボリ癖がついたのは明らかにザックスのせいだ。
朱に交われば、という諺は正しいかもしれない。
ザックスと話しているうちにまあ授業なんてどうでもいいか俺頭イイしとついサボリ方面へ思考が傾いていくのだ。
つまりはもう一つ変わったことは、いつも屋上にザックスがいるということだ。
次の約束をしたわけじゃない、なのにお互い示し合わせたように屋上にやって来るのだ。
クラウドが扉を開けるとザックスが待っていたり、ザックスが扉を開けるとクラウドが待っていたり。
(これじゃまるで会いに来てるみたいだ)
出会って名前を知ったのはつい最近なのに、当たり前のようにザックスといるのは何故だろう。
「クラウドー? どしたぼーっとして」
クラウドが屋上の柵に手を掛け悶々と考えていると、ザックスが煙草を吸いながら間延びした声で話し掛けてきた。
その呑気な声音を聞くと、やっぱりまあそんなことどうでもいいかとアバウトな思考になってくる。
でもこれだけは言ってやる、とクラウドはいつもの憎まれ口を叩くことにした。
「数学のテストの結果が三点下がった。お前のせいだ」
数学は時間割の都合上サボリ回数の多い授業となる。
すなわち成績が下がったのはザックスのせいだ、と大して気にしてもいないことを言ってみる。
それを他愛無い冗談と心得ているザックスは案の定呆れ顔を作ってみせた。
「おまっ、三点くらいいいだろー! みみっちい奴だなー」
「うるさい。あーもー自棄酒してー。ザックス酒!」
「や、無い。さすがに俺でも昼間っから学校で酒飲まねぇから」
それ駄目人間じゃんとザックスが笑い、クラウドはそんな取り留めの無い会話に居心地の良さを感じながら、顔だけでむくれてみる。
「じゃあ煙草。気分転換になるんだろ、一本くれよ」
「いいけど、吸うの?」
「吸う」
(別に吸いたくもないけど)
クラウドがほら寄越せと手を差し出せば、ザックスは箱から一本取り出そうとする。
しかしそんな素振りをしたくせにザックスは手を止めた。
「やっぱやるのヤメた」
「は?」
ケチかよ、と悪態を吐こうとするとザックスは自分の煙草を少し吸い込んで、何か企んだような顔をぐっとクラウドに近づける。
「!」
近いな、と思った時にはもう手首を取られ、唇にキスされていた。
口内に吐き出されるザックスの息。煙草の香り。煙草の味。
唇が離される。
「これで我慢な」
ザックスが目を合わせニッと笑う。
クラウド、内心の動揺は根性で押し隠しそっぽを向いて一言。
「不味い」
ザックスは今度こそ本当に呆れた顔をした。
「お前ね、記念すべき初チューでそれはなくね? つうか意外と冷静だね」
初チューとか言うな馬鹿と心中で叫びながら、クラウドは早口に言う。
「煙草って不味いんだな。吸うのやめる」
「そうそうそれが賢明。早くから吸うと背ぇ伸びねーしな」
「! お前、それを早く言えよっ」
密かに長身になるのが夢なクラウドは無意味と知りつつ今頃煙を吐き出す仕草をする。
ザックスにしてみれば何だかキスした時よりリアクションでかくない?とツッコミたいところだ。
むっとしてクラウドの顔を些か乱暴にこちらに向ける。
もう一度キス。
(こういうことする意味分かってんのかなコイツ)
ちゃんと言葉で言うべきだろうかとザックスが思案しながらクラウドの顔を覗き込むと、
「だからするなっての」
クラウド、またもや冷静なリアクションでザックスを押しのけくるりと背中を見せてしまった。
嫌そうな顔はしていなかったように見える。ということはこれはイケるのか?いやイケないのか?とザックスが真面目に悩みだしたところへ
「不味いから煙草やめろよな」
クラウドは首だけで振り向いてそう言った。
(……肩越しに見える頬がほんのり赤いような)
ザックスの顔がにやける。
その時三限終了のチャイムが鳴った。
「四限どうする?」
ザックスの問いにクラウドは吹っ切れたようにふっと笑った。
「サボる」
サボリの常連達はまだまだこの屋上に居座るのだった。
サボリ4題 Fin.
配布元 Spada 様