彩-sai-





  これでもかとばかりに顎を反らし、ぐっと腕を伸ばす。
  空に向かって真っ直ぐ伸びた腕がギラギラと迷惑な程に照り付ける太陽を隠せる筈もなく、ユフィは 眩しさに目を細めた。
  コスタ・デル・ソルは暑い。
  ユフィは暑さに弱い方ではないが、それでも此処の日差しの強さにはさすがに参ってくる。
  立っているだけで噴出す汗はまるで自身が溶け出しているようで気分が良くない。
  一つ大きな溜息を吐いてがくりと体を垂らすと、緩慢な仕草でパラソルの下に戻った。

  “マテリアの値段・種類の把握と、小遣い稼ぎ”
  それがユフィが今こんな場所で暑さと戦っている理由だ。
  ビーチの側でマテリア屋のオヤジにマテリアを強請り、マテリアが欲しいなら買ってくれと言われ、 買う金が無いと言ったら此処でバイトをしてみないかと言われ……今に至る。
  しかしこの暑さと安いバイト代とを秤に掛けて、一体どちらに重きが置かれるものなのか。
  幸いというべきか、マテリアに対し単純(一途ともいえるだろう)な彼女は量ることさえしなかった。
(マテリアのためマテリアのためまてりあのため……)
  念仏のように心中で唱えながら、道行く人々に声を掛ける。
「なあ、そっこの強そうな兄さん! マテリアどう? …え、いらない? あっそ。そんじゃそこのおねーさんは? アクセサリーにどーっ?」
  さっきからこの繰り返し。
  威勢のいい呼び声に何人かは足を止めてくれるのだが、最終的に買ってくれる人は少ない。無理もないと思う。 有名な観光地であるコスタで、客が特に珍しくも無い物ばかりのこの店を選ぶ理由などないのだ。
  店のオヤジも割とどうでもよさそうにしていたので、単なる副業なのかもしれない。
  たった今捕まえた、魔法など使えそうもない大人しめの女性に強引に安価のマテリアを買わせた後、ユフィは本日二度目の溜息を吐いた。
(皆何してんだろ……)
  ふと別行動の仲間達が気になった。
  レッドは近くで子供とボール遊びをしていたようだが、他のメンバーは知らない。
  ビーチに行くにはこの道を通るのだが、誰の姿も見ていないということはそれ以外の場所にいるのだろう。 いずれにしても、仲間がこうして汗水垂らして働いているというのに全く顔を見せないとは。冷たい奴等、と独り言ちた。
  もっとも、仲間というのは語弊がある。自分はマテリアを狙って彼等に近付き、同行しているだけなのだから。
  最初はぶん取ってやるつもりで戦いを挑み、しかし何の冗談か負けてしまって一緒にいる羽目になった『仲間』。 勿論、隙あらばマテリアやアイテムを奪って逃亡する為に一緒にいます、なんて言っていない。
  今はひたすら本心を隠し、機会を待つべき時なのだ。ウータイに近付けばこっちのもの。あそこの複雑な地形を利用すればきっと逃げ切れる。
  その時までの、期限付きの仲間だ。
  けれど、神羅に敵対する元ソルジャーとその仲間達であることの 他にもいろいろと妙ちくりんな連中で、何やら気になる奴等だとも思う。
  こんな短期間で興味を引かれた連中は、もしかしたら初めてかもしれない。

  ――それにしても、本当に暑い。
  ユフィは目の前を楽しそうに行き来する人々をぼんやりと見た。何故皆こんなところに来るんだろう、と考える。 コスタに行ってみたいと言う人は多く、一度訪れた人は何度も訪れるという。
  白い砂浜と真っ青な海に空。輝く金の太陽に合わせるように、オレンジと白を基調とした建物ばかりが並んでいる。 一枚の絵みたいで確かに綺麗だと思うけれど、それでもこの暑さは体に堪えるんじゃないだろうか。
  ただ綺麗なだけで、どうしてそう何度も此処に足を運ぶ気になるのだろう。
  そんな風にコスタのことを考えていたユフィの頭に、突如浮かんだのはクラウドだった。
  金髪に白い肌、蒼い目に濃紺の服、と確かに色合いは近いかもしれないが、アツさ・明るさとは程遠いイメージの彼がコスタから連想されて出てくるなんて思いもしなかった。
  自分の発想に少し戸惑ったユフィは、タイミング良く掛けられた声に更に驚くことになる。
「…ィ、……ユフィ!」
「へ…、わっ!?」
  びくっと体を揺らしてから慌てて顔を上げる。
  目の前にあったのはまさに今頭の中にあった顔。クラウドのアップだった。

「ななな、なんだよ! いきなし覗き込んでくんなっての!」
  一瞬で顔が燃え上がったみたいになったのを感じたユフィはそれを誤魔化すように怒鳴った。 怒鳴られたクラウドはといえば、呆れた顔で溜息交じりの言葉を返す。
「いきなりって……、あのなぁ。何度も呼んだのに返事もせず間抜け面でぼーっとしてるからだろ?」
「まぬ…っ」
  さり気なく失礼なことを言われたが、どうやら自分は意識を何処かに飛ばしていたらしいと気付く。ユフィは黙ってクラウドを睨んだ。何しに来たんだ、という意味を込めて。
「そう睨むな。……頑張ってるみたいだからな、ホラ」
  差し入れ、とクラウドが手渡してきた物を受け取ると、ひやりと冷たい感触がした。
「冷たい……何、これ?」
  大きな紙のカップに盛り付けられた、色付きの……氷?
  見たことの無い物だった。
「かき氷。此処の名物の食い物」
  端的な説明だが、どういうものかはすぐに理解できた。
(……暑い所で食べる氷?)
  先がスプーンになったストローで氷を掬って口に入れてみた。
  舌に広がる冷たさと甘さが見事にマッチして喉が潤う。体温まで下がった気がした。
「んまい〜〜〜っ!」
  歓喜の声を上げるユフィを見て、クラウドはふっと笑う。
  クラウドのその顔に、あ、やっぱ綺麗だなこいつ……なんて考えて、いや一応女のアタシが男の こいつに言う台詞じゃないだろっとツッコんでから、ユフィは思い至った。
  わざわざこれを持って来てくれたのだろうか。……クラウドが?
「あんた、これを持ってきてくれたの?」
  あんたみたいな薄情な奴が?とはさすがに言わなかったが、意外だという顔を隠しもせず口に出した。
「ああ。ずっと宿で寝てるのも退屈だしな」
  てっきりクラウドはエアリスやティファと一緒だと思っていたが、違ったらしい。
「あ、ありがと」
  暑さを嫌いそうな彼がクーラーの効いた部屋から出てきて氷を差し入れしてくれたという事実が、ちょっと嬉しい。 柄にも無く照れながら礼を言うと、クラウドは「ん」と頷いてから、今思いついたというような素振りをしてユフィの手元の氷を指差した。
「それ、もっと一気に掻き込めば爽快だぞ」
「え、マジ?」
  その言葉に更に暑さが和らぐことを期待したユフィは、ストローに出来るだけかき氷を乗せたものを口に運ぶ動作を続けて三回繰り返した。が、爽快さを待つ暇もなく
「っ!」
  キーン、とこめかみにキた……。
「………」
  左手に氷、右手にストローを持ったまま顔を顰めて固まったユフィ。
  一気に掻き込んだ氷は一瞬で頭の一部をかなり集中的に冷やしてくれた。痛い。全然爽快じゃない。だましたな。じろりと睨み付けると、クラウドはプッと吹き出して「本気にするなよ」なんて返してくれた。 その楽しそうな表情を見て、精一杯恨みがましい視線を向けて言ってみる。
「あんた……時々しょーもないことするよね」
「お前にだけな」
「……」
  お前にだけ、なんてまるで仲間内で特別な地位を与えられているみたいな言い方ではあるが、正直あまり有難くないポジションである。
  さらりとのたまってくれた涼しい顔が憎らしい。頭痛が治まってから、ユフィはまたかき氷に手を付けながら考えた。何とか仕返しをしなければ。
「そうだ! あんた、ちょっとこの店手伝ってくれよっ」
「は?」
  唐突なユフィの言葉にクラウドは訝しげな顔をする。
「ただ突っ立ってるだけでいいからさ。このしけた店にゃ色が必要なんだよう!」
「……色って」
「頼むよ〜」
  ユフィは仕返しとして彼に仕事を押し付けてやろうと思った……のだが。
「あのな。俺が立ってたって意味無いだろ。……この店を押し付ける気か?」
  バレた。
  作戦変更。内心チッと舌打ちをして、じと目のクラウドに慌てて首を振る。
「そうじゃないって! 一緒にだよ。此処にあんたがいると意味があんだって」
「どういう意味だ」
「だからぁ〜色だよ色!」
「はぁ?」
  益々わけが分かりません、という顔をした目の前の鈍感男を無理矢理隣に引っ張り込んで立たせる。 一緒にこの炎天下に立たせてこき使ってやろうという思いの他にも、ユフィには意図があった。
(ほんと、何でこんなに鈍いかねこのオトコは)
  内心呆れてちらりと盗み見る。
  納得しきれずむっつり黙り込んでいるが、それでも充分人の目を引く顔だ。 美しいと言って何ら支障の無いその姿は遠くにいても目立つし、性別関係なく見入ってしまう。
(容姿端麗、才色兼備……あれ? 才色って女に使う言葉だっけ?)
  ウータイ出の四字熟語の幾つかは彼にそのまま当てはまっている。
  こんな容姿で二十一年間生きてきたならそれを自覚しても良さそうなものだが、この男、余程鈍いのか 卑屈なのか知らないが、全く分かっていない。
  クラウドの涼しい顔を崩し更に客足を増やして一石二鳥、なんて考えていたのにこれでは毒気を抜かれる。 三度目の溜息が出た。
「なんだよ」
  耳聡くそれを聞きつけたクラウドが不満の声を洩らすが、別に、と返してやる。
「まぁ、此処にいるのは別に良いんだが。暑さはともかく……眩しいから掛けるぞ」
  掛けるって何を、とクラウドに聞く前に、彼は何処から取り出したのか黒のサングラスを掛けた。ぶっと咽そうになるのをユフィは何とか堪える。
「あ、あんた……そんなの持ってたのかよ……」
「さっき知らない女性がくれた。……眩しそうにしてたからかな」
  オイオイ、知らない人に物貰っちゃ駄目だろクラウド君……。
  そんなユフィの心の声が聞こえたのか、一応断ったんだ、と付け加えるクラウド。
  サングラス、似合うような、似合わないような。ユフィは彼の顔をじろじろ見ながら思った。
  そういえば色素の薄い人は太陽の光が苦手だと聞いた事がある。綺麗な蒼い目を隠してしまうのは勿体無い気がしたが、そういうことなら仕方ない。 無理に外させて店番をする気が変わられても困る。
  ああ、でもこれだけは言っておこう。
「あのさ……、ティファとエアリスにはそのこと言わない方がいいよ」
  しゃくしゃくと氷を噛み砕きながらユフィは脱力したように言った。
「? 何で」
「……」
  もう説明する気も起きない。やっぱりコイツ、鈍いんじゃないか。ていうか。
「あんたってヘン」
  キッパリと言い切ったユフィをもまじまじと見つめ返したクラウドは、救いようが無いのかもしれない。


***

  クラウド効果によって店の売り上げは伸びた。
  サングラスを外していればもっと飛躍的な効果となっただろうけれど、この暑さの中一緒に立っていて くれた(本当に突っ立っていただけ)彼の厚情には感謝すべきなのだろう。
  彼に汗をかかせてやろうと企んでいたユフィとしては、結果的にバテた様子の無いクラウドを見るとどうにも悔しいのだが、本来は一人で暑さに晒されて いたものが二人になっていたことで、ユフィはまあどうでもいいかと思える満足感も感じていた。

「あー、つっかれた! ねークラウド、出発は明後日にしよーよぅっ」
  仕事を終えた後伸びをしながら、ホテルへと向かう帰路でユフィは言ってみた。
「却下」
「何で!」
「お前だってこんな暑い所に長居したくないだろ」
「そりゃ……」
  クラウドはそんな理由を言ったけれど、本当の理由は分かっているし、彼の返答も 予想していた。これは戦いの旅であり、此処に来たのだってバカンスの為じゃない。
  日々戦っている自分達。それを率いているクラウドに、ふとさっきの疑問を口にしてみたくなった。
  どうしてみんな此処に何度も足を運ぶのか。この景色と似た色彩を持つ彼ならどう考えるか、聞いてみたくなった。
「クラウドー。なんで此処に来る観光客って、こんな暑いのに何度も足を運んで来んのかな?」
「さぁな」
「……あっそ」
  会話終了。こいつに聞いたアタシがアホだった、とユフィは肩を落とした。
  弁舌をふるってくれると期待していたわけでもないが、せめてもう二言三言回答があっ てもいいんじゃないか。口を尖らせていると、クラウドの静かな声が横から聞こえてきた。
「アンバランスな所がいいのかもな」
「へ?」
  首を傾げるユフィに、クラウドは穏やかに言葉を紡ぐ。
「確かに嫌になるくらい暑いけど、風は気持ちいいし、海に浸かれば冷たくて心地良い。……これだけ暑い分、氷を掻き込めば頭も冷えるしな」
  最後の方だけ悪戯っぽく口角を上げ、見下ろしてくるクラウド。
  ―――それを見たら、なんだか、すんなり納得できた。
  金髪に白い肌、蒼い目に濃紺の服。
  冷たい奴かと思うとそうでもなかったり、甘いのかと思えば結構キツかったり、暗いのかと思うと、 今みたいに意外と悪戯心があったり。
  さっきコスタの色彩からクラウドが思い浮かんだ訳が分かった気がした。
  バランスが取れているようでアンバランス。だから強く惹かれるのだと。

(惹かれる? クラウドに?)
ユフィははっとして慌ててクラウドから視線を外す。

「っ冷えるどころじゃないよ」
  急いで怒ったような声を作ると、笑われた。今度は優しい柔らかな笑みで。
  クラウドのその顔は、何だかとてもコスタに似合っていた。