信頼





  エアリスがいなくなった。
  クラウドが言うには、彼女は古代種の都へ向かったらしい。
  バレットはみすみす彼女を一人で行かせてしまった自分を殴りたくなった。 こんな時こそ自分がしっかりしておくべきだったのに。
  ―――いろいろなことがおかしくなってしまっている。何かが狂い始めている。
  古代種の神殿でクラウドが見せたあの狂気染みた顔。
  初めこそ冷たい奴だと思ったものの、一緒にいる内にその内面が決して凍りついた男ではないと知った。 だというのにあの時見せたあの表情は確かに冷え切っていた。これまで見たことが無い程に、背筋を撫で付ける ような寒さがあった。
  それにエアリスへのあの仕打ち。
  クラウドは彼女を誰よりも大切にしていた。戦闘に不慣れな彼女は、守るべき対象としてはティファ以上 だったかもしれない。そんなエアリスに手を上げるなど、普通じゃ考えられなかった。普段のクラウドなら決して在り得 なかった。
  クソ、とバレットは顔を歪める。
「……ワケ分かんねェよ」
  搾り出すように出した自分の声が弱弱しかったことにまた苛立ちを覚えた。
  一体、クラウドに何が起こったのだろう。
  確実に何かが変わり始めている悪い予感をバレットは感じる。
  時々おかしい所はあった。
  頭を押さえて蹲ったり、何処かに意識を飛ばしたようになったり。 ふとした瞬間に見せる苦悶の表情の理由も分からなかった。
  これまでバレットは深く考えてこなかった。
  悔しいことに誰よりもクラウドを信頼していたことに、バレットは気付く。
  その実力も、意外なことに認めざるを得ない人望も。
  それなのに今は誰よりも頼りなく見える。
  怖いんだ、と泣きそうな程に弱く呟いたクラウドの姿が頭に焼き付く。
(それだけアイツの抱えてるものはデカイのか)
  自分のことを全部分かってる奴なんていない、それでも悩みながら皆何とか生きている。
  励ました自分の言葉は間違ってなどいない。
  けれどもしかしたらそれは、“普通”の奴にだけ当てはまることだったかもしれない。
  自分が自分でなくなることを、自分の知らない自分になってしまうことを極度に恐れているクラウド。
  自分でも止められない自分になるなんて、考えたくもないことだとバレットも思う。
  それでもクラウドのそれはそんなレベルではないのかもしれない。
  もっと何か、頭の中に何かが巣食って自分自身を中から食われて支配されるような、そんな酷悪な感覚なのか もしれない。
  “普通”の奴であるバレットは自分が分からなくなることはあっても、自分の中に別の知らない自分がいるような 、その自分を制御出来なくなって体をそいつに乗っ取られてしまうような恐ろしさまでは想像できない。
  けれどクラウドが恐れていることはきっとそういうことだ。
  ここにきてバレットは漸く気付いていた。クラウドには何かがある、と。
  それが何かは分からないが、恐らくクラウド自身も知り得ない大きなものを抱えている。
  でも、どうすることも出来ないのだ。こうして懸念する周りには何も。
  それがクラウドの中にある以上、クラウド自身がどうにかするしかない。
  周囲に出来るのは、彼がそれに立ち向かうよう背中を押すだけだ。
(…………背中は押したぜ)
  あとはもう、待つしか出来ない。
(クラウド、頼む)
(お前が動かなきゃ始まらねぇ)
  横で、ティファが肘を抱えて立ち尽くしている。
  不安気にクラウドを待っている。
  クラウドはまだ出て来ない。
  ゴンガガの沈み込むような静寂が痛い。
  歯痒さを振り払うよう、バレットは頭を掻き毟った。