「生意気なんだよ」
通りがけ、壁に寄り掛かって立っていた知らない兵士にぼそりと呟かれクラウドは振り向いた。
人通りの無い通路の静寂のせいではっきりと聞こえたその言葉は、最近ではあまり馴染みが無かったものの
故郷の村では言われ慣れたもの。クラウドの表情が固くなった。
足を止めたクラウドのその顔を見て兵士は口端を歪める。
「お前、最近ザックスさんと仲良いんだって? でもあんまり調子に乗んない方がいいんじゃねーの?」
嘲るような声音は聞き逃せた。が、男の口から出たザックスという単語にクラウドは反応しない訳にいかない。
「どういう意味だ」
問いながら、大凡何が言いたいのか見当は付いていた。男の言葉には棘があり視線は敵意を孕んでいる。兵士は腕を組んで鼻を鳴らした。
「お前がザックスさんと一緒にいても明らかに不釣合いだって言ってんだよ。ザックスさんみたいなソルジャーが
お前にいい顔する理由も知らずに友達ヅラしてんのって、すげーうぜぇんだけど」
吐き捨てるような男の言葉。理由って何だよとすぐさま聞き返してやりたかったが、不釣合いと言われたことが若干の躊躇を呼んで
即座に言葉が出なかった。
黙り込んだクラウドに対し男の方は自分が優位と思ったらしい。
それこそ調子に乗って、男は顎を上げ見下すようにクラウドを見た。
「女顔だもんなぁ、お前。あの人女にモテすぎてそろそろ飽きてきた頃だろうから、代わりにされるんじゃねぇの? お前みたいな小僧に付き纏われていい顔してやる理由なんてそんくらいしか無いだろ。友達ごっこしてもらって舞い上がってんじゃねぇよ」
「……舞い上がる?」
クラウドは眉を顰め男の言葉を反芻した。
自分がいつ舞い上がっただろうか。調子に乗っただろうか。
ザックスと友達だなどと吹聴して回った覚えは無いし、ソルジャーと仲良くしていると自慢した覚えも無い。
何処から聞いたのかはたまた見たのかは知らないが、勝手に人の関係を決めつけてザックスを侮辱する眼前の男にこの上なく
腹が立った。
これまで瞬きしかしていなかったクラウドの空色の眸がすっと細まる。
「下らない」
自分で思ったよりもずっと冷たい声が出た。
こんな声を出したのは本当に久し振りで、自分はミッドガルに来てからは人に恵まれた環境にいたのだと改めて感じる。
村を出てからこれまで敵意を返さなくて済んだのは、敵意を向けられなかったから。
だがこの男に容赦は要らないようだとクラウドは判断した。
「お前の下種な思考回路でザックスを測るなよ。ザックスはそんな奴じゃない。
僻みだか何だか知らないけど、自分がどれだけ馬鹿げた言い掛かりを付けてるのか分かんないのか? 第一ザックスが俺を煩わしく思ってたとして、それがお前に関係あるかよ。部外者のクセして鬱陶しいのはお前だろ」
只々不快な感情が口を突いて流れた。
皮肉の笑みすら見せずぐっと睨みつけるクラウドの視線とその小振りな口から飛び出した罵詈に、兵士は圧されたようにぽかんと口を開けた儘黙らされる。
大人しそうに見えたこの少年がこんな敵意を返してくるとは思ってもみなかったのだ。
「憶測で人を貶めるなんて最低だ。そんなことを言う為にわざわざ待ってたのか? だとしたら中も外もヒマすぎるヤツだな」
「………てめェ……」
ギリリと歯軋りが聞こえた。
呆けていた男だが、漸くクラウドに何を言われたのか理解したらしい。
男の眼は怒りで燃え滾っていた。
この生意気な少年兵を床に押し飛ばし滅茶苦茶に殴りつけてやらなければ気が済まない。
兵士は握り締めた拳を前に出し飛び掛かろうと体勢を変え、クラウドも身構えた。その時
「ハイハイ、争いはよくないよ〜キミ達」
空気を全く読んでいないような間延びした別の声が殺気立った二人に割って入った。
「! ……ザックス」
クラウドは驚いて目を丸くし、殴り掛かろうとしていた兵士もまた大きく目を見開いて動きを止めた。
突如現れたザックスは二人分の視線を受けながらも普段のように「よう」と軽く片手を上げてクラウドに近付いて来る。
そして自分より小柄なクラウドの肩に巻き付けるように腕を回した。
「久し振りだなークラウド。会いたかったぜ! 一週間振り?」
「え? う、うん。そのくらい……かな」
一週間では久し振りと言う程では無い気もするが、戸惑いながらも兎に角クラウドは答える。
ザックスの話で喧嘩になっていた所への本人の登場だ。面食らってしまうのは当然だろう。
だがザックスはそんな反応も気にせず
「最近お前に会えないからつまんなくってさ。また一緒の任務があればいいのになぁ」
と笑い掛けてくる。
その態度がザックスにしては何だか少しわざとらしい気がしていたのだが、その理由は直ぐに分かった。
「――てわけで俺達友達同士だから。寧ろ親友だから。……余計な心配はいらねぇよ」
クラウドの肩に手を掛けた儘、ザックスが低い声でそう言ったのだ。
鋭く射るような蒼の視線を、クラウドではなくその場にいた兵士に向けて放っている。
その眼に捕らわれた者は一歩も動けなくなるような凄みのある空気を作り出していた。
ザックスの人に対するそんな雰囲気を見るのは初めてで、クラウドは息を呑む。
クラウドでさえ威圧されたのだから、その視線を真っ向から受けた男には堪ったものではないだろう。
「くっ……」
小さく歯噛みの音を漏らして、男は顔を歪めた。
何か言おうとしたのか口を開けては閉じていたが、ザックスが無言で顎をしゃくり追い払う素振りをすると、
その気も失せたのか敗者の顔に羞恥と悔しさを一杯に滲ませて踵を返した。
ザックスが何処からかは分からないが二人の会話を聞いていたことは明白だった。
脱兎の如く走り去る兵士の足音が響き、やがてそれが消えた頃、ザックスはそれまでクラウドの肩に預けていた体重をすっと
自分の重心に移して、表情を改めた。
凄みのある顔から一転、にっと、いつもの明るい笑顔だ。
「久し振り、クラウド」
さっきと同じ挨拶を、今度は自然に言い直す。
「……うん」
けれどクラウドは小さく頷くだけで他に何も言えなかった。
ザックスの台詞からして、あの男との争いの原因をザックスは知ってしまっている。それに対する気まずさだけでなく、クラウドには
別のことも気になって仕方が無かった。
大人しくなってしまったクラウドを見て、ザックスは片手を腰に当てて一つ息を吐く。
「悪いな、通り掛かったのは偶然なんだけど。ただ喧嘩がバレると上に処分されるからさ、一応止めなきゃなって」
「うん」
「それに何つうか……俺が原因みたいだったし。悪かったな、嫌な思いさせて」
申し訳無さそうに頬を掻くザックスに、クラウドは首を振った。
ザックスが謝る必要なんて全く無い。軍規違反の喧嘩を止めたことだって全然怒っていない。
それよりも気まずいのは……
「それにしてもさ、お前ってああいう時結構言うのな。いつもと全然違うから正直びっくりした。……迫力あったぜ?」
ザックスのからかうようなその言葉に、クラウドははっと顔を上げた。
ザックスは上機嫌な楽しそうな顔をしているが、クラウドには気まずさしか抱けなかった。
――それは、クラウドがミッドガルに来てから見せないようにしてきた顔をザックスに見られたから。
故郷のニブルヘイムで、クラウドはいつも独りだった。
寂しくて仲間に入れて欲しくても何も言えず、それを指摘されれば俺はお前らとは違うんだと捻くれた物言いしか出来ない。
一度身を置いた状況から抜け出すことは困難で、ミッドガルに来ることはソルジャーという夢への一歩であるだけでなくクラウドにとって
そういう意味でもチャンスだった。
一度全てをリセットして状況を変えるチャンス。人の好意を素直に受け入れてやり直す機会。
ミッドガルでも悪意しかくれない人もいたけれど、不器用さを自己嫌悪しながらも、近付いて来てくれる好意を決して逃さないよう
に努力してきたことは確かだった。
猫被りかもしれない。それでもやっと自然に素直さを持てるようになってきたと思っていたのに。
「……ごめん」
クラウドの言葉に、謝罪される心当たりの無いザックスは首を傾げた。
「何が?」
クラウドは迷う。
どう言えば良いか分からなかったし、こんなことを言ったら余計に迷惑だろうかとも思った。
それでも、これまで言葉にしなかったせいで逃してきたものを思い出し、今度こそ口にすることを選びたかった。
正直にならなかったせいでザックスという大切な人が離れていってしまうなら、今どんな風に思われても言わなければ。
「ごめんザックス。俺、本当は凄く口が悪くて……。さっきみたいに頭に来るとつい言い過ぎて、人にキツイって言われることも結構あって。こっちに来てからはそう
でもないけど、ニブルでは周りと喧嘩ばっかりだったんだ。………引いたよな」
打ち明けた瞬間に後悔して、そんな優柔不断な自分にも嫌気が差す。
けれどザックスは
「全然」
「え?」
「お前、もしかして俺の言ったことかなり深読みしてない? びっくりしたってヒいたって意味じゃないんだけど」
真面目だなぁクラウドは、と馬鹿にする風でもなく、どちらかと言うと仕方ないなというようにザックスが溜息を吐いた。
「俺が言いたかったのはつまりさ、いつも穏やかで話し方も優しいけど、言うべき時には言うんだなって感心したってこと。
……さっきのアイツ、見たとこお前より先輩だろ? 忍耐は大事だけど、ああまで言われたら言い返す方が正しいと俺は思う。
お前は間違ってねーよ」
「……」
「それに、俺は嬉しかった。俺の悪い噂とかいろいろあるかもしれないけど、俺のことをお前がちゃんと信じてくれてるって分かったから」
「そんなの……」
当たり前だろ、と小さく返せば、ザックスは本当に嬉しそうに笑った。
(――嬉しかったのは、俺の方だよ)
心の中でひっそりとクラウドは呟く。
“俺達友達同士だから。寧ろ親友だから”
親友だなんて言ってもらえたのは初めてで。
それがザックスにとって売り言葉に買い言葉に過ぎなかったとしても
とても、とても嬉しかった。
「あ」
喜びを隠せず微笑んでしまったクラウドの顔を見て、ザックスがふと真面目な顔をする。
「?」
「マジで親友だと思ってるけど、その……」
首を傾げたクラウドに
「それ以上に大切だとも思ってるから」
正直なコトバを。