「もう一年、ですね」
窓の外をぼんやりと眺めて松田が言った。
「……ああ」
相沢が背凭れに寄り掛かりながら応える。
椅子が軋む音がキシリとやけに響いた。
俺は黙ったままデスクの上の紙コップを手に取り、中のコーヒーを一口飲んだ。
すっかり冷めていたそれは体を温めることも沈んだ気分を浮上させることもしなかったが、
乾いた唇を動かす気にはさせてくれた。
「今日は月君の誕生日だってな」
俯いたままそう言うと、静かな返事が返ってくる。
「………」
「そう……みたいです」
カラ、と乾いた音。
松田が窓を開けた。
室内に冷たい風が流れ込み、ひらりと落ちた雪が窓枠で溶けた。
今は亡き息子の誕生日だと、一足先に此処を後にした部長は、そろそろ家に着いただろうか。
妻と娘と三人で、今頃何を話しているだろう。……どんな気持ちでいるだろう。
「部長は……強いですよ」
顔を歪めた松田が言う。
「ああ」
「それに……竜崎も」
──続いた言葉に、ああと答えようとして、失敗した。
溜息になって、出た。
一年前、キラ逮捕の為に自らの命を諦めた竜崎──L。
しかし、それを知る者は我々だけだ。
何故なら、「L」は今も世界の何処かに存在し、難事件の解決に努めている。
世界は、竜崎の死を知らない。
『大丈夫です。私が死んでも、Lを継ぐ後継者がいます』
キラ事件が誰もが想像出来なかった形で終わりを迎え、竜崎の捜査を非難し続けた俺達が「申し訳なかった」
と謝った時
そう、竜崎は言った。
後継者? 訊き返す俺達に、竜崎はいつもの淡々とした口調で答えた。
『はい。とても賢く、芯の強い人間です。出来ればまだLを負わせたくはなかったのですが、この先成長しながら、
立派にLを務めていってくれるでしょう』
「しかし、貴方は……」
死を前にしてあまりに変わらぬ竜崎の様子にこちらの方が堪らなくなった。
だが、俺が言いかけた言葉は彼によって遮られた。
『宇生田さん』
生まれてから何度も耳にした自分の苗字が、
聞いたことのないような不思議な音調で呼ばれたのを感じた。
『世界に必要なのはLという存在であり、私という人間ではない』
『私が死んでもLが存在し、事件解決に貢献していればそれでいいんです』
竜崎が言う。それは、奇妙なほど穏やかな声だった。
彼の言った通り、彼の死後何処からともなく新しいLが現れた。
世界は何も知らず、キラは消え、Lは存在していた。
世界に必要なのはLという───
私が死んでもLが存在し───
耳に鮮明に残る竜崎の言葉。
今のLも確かに優秀らしく、この一年という短い時
間の中でも難事件を解決していたと聞く。
だが、俺はこの言葉に未だ納得出来ずにいる。
今でも思うのだ。
世界はLを失ってはいない。だが、
無くしてはいけない人を亡くしたのではないか、と。
松田が窓を閉める。
窓枠に幾つか残った雪の水滴を見て、今は亡き人を想った。
映画エピローグ、雪の日の宇生田達。