あれが王女とはね。
彼女が王族と知ってバルフレアが最初に抱いた感想は呆れだ。
二年前ビュエルバのハルム=オンドール卿により祖国の敗北を嘆き自害したと公表されたダルマスカの王女。
公に民が知り得る情報の多くに裏が存在することは知っていても、当時別段興味を覚えたわけでもない王女の生死など
疑ったことは無かった。当然、地下水路で出会った解放軍の一人がその人だとは夢にも思わない。
言われてしまえばああそうだったのかもしれない、在り得た話だと納得は出来るが、だからといって確かに
彼女にその面影があると頷けるわけではない。
“王女様”ときたら、喚くわ睨むわ公衆の面前で男殴るわで、姫君にあるまじき振舞いのオンパレードだ。
解放軍に加わっていたのもどうだろう。名を偽り身分を隠し帝国への反乱の最前線で戦うとは、無謀に過ぎる。
猛進しても敵は強大。その冷静さを欠く行動は人の上に立つ存在として些か軽率で稚拙ではないのか。
王族として認めてやれることといえば今の所見目の良さと度胸だけ。バルフレアはそんな結論に達していた。
そしてもう一人、面倒なことに巻き込んでくれた男が前を歩いている。
隙の無い身のこなしで少し前を歩く元将軍、バッシュ=フォン=ローゼンバーグを横目で一瞥するバルフレアは、
ナルビナ脱出を共にこなした時から鋭く感じ取り気付いていることがあった。
それはこの男の絶対的な強さ。単に剣一振りの力のことではない。
長く捕らえられていた所為でみすぼらしい格好をしていても体に拷問の痕が色濃く残って
いても、彼には何か、何者にも負けないような一本の強靭な意志が宿っていた。
こうして敵艦に踏み込んだ今も、主である王女にいたく恨まれているというのにバッシュの目に迷いは無い。
見据える先にはただ王女救出という目的が一つあるのみのようだ。敵意しか返らないなら報われぬというのに。
「流石だねぇ騎士様は」
バルフレアはふんと鼻を鳴らし手枷を外した腕を肩でぐるりと回して言った。
「姫の不機嫌も気にせずに忠実に尽くす、か。引っ叩かれたってのにご苦労なこった。俺ならばっくれてる」
あんななってない王女じゃな、と肩を竦めて鼻白む。
忠誠心など欠片も持たぬ主義の空賊には差し伸べてやった手を跳ね除ける主君にそれでも仕える騎士の気持ちなど
分からない。王女の態度も騎士の忠誠も理屈で見れば理解できるが、彼らはあまりに頑なすぎて見ていて疲れる程だ。
不満一つ口に出さず任務に徹する騎士連中を馬鹿にはしないし、バッシュの強固さをバルフレアはある程度評価していたが
、バッシュはあの主君をどう思っているのか。
するとバッシュが振り返り言った。
「殿下を愚弄するのは止めろ」
将軍としてのプライドがどうより、主君を貶されたのが気に障ったらしい。
怒っているようではないが聞き流せなかったようだ。
バルフレアは片眉を上げた。
「事実だろ?」
バッシュは短く息を吐いた。
「殴られて当然のことをしたのだ、私は」
「王を殺したのはあんたじゃないんだろう?」
「だが守れなかった。国に必要な王族を、殿下の大切な方々を、私は守れなかったのだから」
その表情から確かに彼が悔やんでいるのだろうことは窺い知れた。だが後ろを振り返る、重石を背負うような疲弊感が見られない。
それは彼に既に見据えているものがあるからだ。
「殿下こそが今の私の道標なのだ。あの方は王族、物事を見定める力を持っている。君もいずれ分かるだろう」
仕えるに相応しい方なのだと言うバッシュに対しバルフレアは口角を上げて答えた。
「そりゃ楽しみだ」
皮肉で返したつもりだが、実際は自分の中に本当に楽しみに思う部分もあることに気付く。
それは僅かなものだし当面あの王女への評価は変えないつもりだが、その言葉が本当なら可能性は有る。何しろ歴戦の名将バッシュのお墨付きらしい。
彼女と関わるのはこのフネを降りるまでだが、もし彼女がこの騎士の言うような人物なら関わるのも一興かもしれない。
そんな程度に思ったこの時のバルフレアが、この後予想以上に彼女と関わることになろうとは知る由も無い。