単身配達をこなしていれば自然と馴染みの客というものが出来る。
有難いことにストライフデリバリーサービスを大変気に入ってくれる者も少なくなく、仕事に
関係の無い誘いを受けることもある。
人付き合いを苦手の部類とするクラウドはそれらの誘いを丁重に断りティファ達の待つ店へと
真っ直ぐに帰ることが多いのだが、今日は違った。
これまで何度も依頼を受けたある夫婦に招待され、遅くまで彼らと夕食を楽しんだのだ。
息子を早くに亡くしたらしい彼らは生きていればクラウドと同い年だという息子の影を重ね、クラウドとの
団欒を心から喜んでくれた。
クラウドもまた夫婦の心を癒せたことに満ち足りた気分でバイクを走らせ帰宅したのだが、
店に着いた時には午前一時を回っていた。
普段は皆寝ている時間だ。
極力音を立てないよう店から離れた所でエンジンを切りバイクを引いてきたクラウドは、そっと店
のドアを開けた。
ところが、開けた途端仄かな光が漏れてきた。
カウンターの照明が一つだけ点いていて、そこの席にはちょこんとデンゼルが座っていたのだ。
「デンゼル?」
とうに寝ていると思っていたその姿にクラウドは驚いて近付く。
クラウドの帰宅に気付いたデンゼルはへら、と笑って「くらうどおかえり〜」と妙に陽気な声で応えた。
その頬がほんのり赤いことに気付いたクラウドがデンゼルの手元を見ると、そこにはビールの中瓶と
中身の浅く入ったコップ。
酒を飲んで酔っ払っていることが一目で分かった。
しかし、瓶は店の物のようだが、デンゼルが店の酒を勝手に拝借したとは思えない。
クラウドの知る限りデンゼルが酒に強い興味を示したことも無かった。
「この酒、どうしたんだ?」
クラウドが訊くとデンゼルはコップをゆらゆら振って中身を揺らしながら答えた。
「ん。マークに貰った」
――マークはセブンスヘブンの常連客だ。
クラウドより一つ年上の彼は人好きのするいい男ではあるが、……少々悪ノリする
所がある。
大抵その被害に合うのはクラウドなのだが、今回はデンゼルのようだ。
子供に酒を瓶ごと渡すなんてしょうがない奴だな、とクラウドが眉を顰めると、デンゼルはむくれ
た顔をした。
「おれも大人になりたいって言ったらくれたんだ」
「大人に?」
だから酒を飲んだというのか。子供らしい安直さと今此処にはいないマークの無責任さに溜
息を零して、
クラウドは「何でまた」と呟いた。
彼自身子供の時分に早く大きくなりたい強くなりたいと望んだものではあったが、それは酒を飲める
ように
なりたいとか大人の格好をしたいとかそういう想いではなかったからいまいち分からない。
そんなクラウドにデンゼルから返ってきたのは意外な、そしてこの場では脈
絡の無い言葉だった。
「クラウドは、おれと仕事とどっちが大事なんらっ?」
呂律が怪しい上、目がぽうっとしている。
「お、おい、デンゼル?」
「どっち!?」
戸惑うクラウドに構わずデンゼルは幼いが有無を言わせぬ迫力のある顔で迫ってくる。
“私と仕事とどっちが大事なの?”
昔見たドラマでそんな台詞があったかもしれないが、あれは仕事にかまける夫に放っとかれた妻が
苛立ち叫んだ
言葉ではなかったか。そして今同じ言葉をクラウドに突きつけているのは家族であり弟のよう
に思っている
デンゼルではないのか。
デンゼルの意図がよく分からないながらもクラウドは瞬時懸命に考え、それから「デンゼルだよ」
と答えた。
ぱっとデンゼルの顔が輝く。
「ほんと!?」
「ああ」
クラウドは頷いた。大事なのは勿論デンゼルに決まってる。ティファ、マリンだって
そうだ。
デンゼルがニコニコとコップのビールを啜る。舌の先が不味そうに口から顔を出した。
不味いなら飲まなきゃいいのにとクラウドは苦笑しながら、ご機嫌なデンゼルに
気付かれないよう酒の瓶を回収した。
中身は少ない。多分マークはある程度減らしてからデンゼルに渡したのだろう。
それくらいの分別はある男だし、開けてから長い時間が経っているのかコップ
の中のビールは炭酸が抜けて確かに
不味そうだ。
瓶の回収には全く気付いていなかったデンゼルだが、不意に悲しそうな顔になってぽつりと言った。
「おれ、悔しい」
「?」
何が?と尋ねるとデンゼルは拗ねたように話し出した。
「おれがもっと大きくなればくらうどといろんな話が出来るのに。マークみたいにクラウろと年が近ければ、
クラウろが俺にたくさん話してくれるのに」
「話……足りなかったか?」
クラウドは自分なりに子供達との時間を作ってきたつもりだったから、その言葉が少しシ
ョックだった。
自分の非社交的な性格は気付かぬ間にデンゼルを傷付けていたのだろうか。
「そうじゃない」
デンゼルはぶんぶん首を振った。
「そーじゃなくれ、おれはクラウドと気の置けない仲ってゆーのになりたいんら」
その為には年が近くなくちゃ。とデンゼルは頭をかくりとさせて言った。
この様子だともうすぐ眠りに落ちるだろうとクラウドは思ったが、デンゼルが真剣に懸命に何かを伝
えようと
しているのを察し黙って聞いていた。
「クラウろが……今日みたいに外で誰かと遅くまでお酒飲んれ、気を晴らさなくていいように、……
おれがクラウろの話、もっと聞いてやるん……だ」
回らない呂律でゆっくりゆっくり、瞼を重さのまま徐々に閉じていきながら、デンゼルは言っ
た。
大人と子供、ではなく大人という同じ立場で並びクラウドを理解したい。
それこそがデンゼルの“早く大人になりたい”理由だったのだ。
クラウドはデンゼルの健気な想いの片端を知って忽ち胸を打たれた。
まさか自分の為だったとは……。
いよいよ舟を漕ぎ出したデンゼルがとても愛しく感じられ、帰宅が夜遅くなってしまったことと
デンゼルに背伸びをさせてしまったお詫びを込めて、小さな頭を抱きしめた。
「ありがとな」
幼い顔で眠るデンゼルにそっと呟くと、デンゼルは頷くようにかくっと首を振った。
クラウドは微笑みながら、昔の自分を思い出していた。
年の差は大きくないけれど自分より遥かに先を歩いていた親友。
追いつきたい、追いついて対等になりたいといつも思っていた。
デンゼルはきっとあの時の自分と同じ想いでいるのだろう。
そう考えると何だか、くすぐったいような寂しいような気持ちになった。
クラウドがそんな風に少し感傷的になっていると、デンゼルが肩口で「くらうど……」と呟
いた。
寝言かと思い顔を覗き込んだ瞬間――
ちゅっ
クラウドの唇にデンゼルの唇が羽のようにぶつかった。
「むにゃ……好きら〜」
「……」
固まったクラウドをそのままに、デンゼルは再びがくりと頭を落とし寝息を立て始める。
「……寝惚け……?」
呆けたように呟きながらもクラウドは一抹の不安を感じ、唇に指を置いてまさかなと考える。
遠い昔親友のソルジャーに憧れ、その想いがいつしか別の、切なさを伴う
感情に変わっていたことを思い出し、
クラウドはもう一度、今度は口に出して「まさか」と首を傾げたのだった。