「これ、水道水らしいです。松田さん、風邪薬を飲む為にわざわざコレを持ってきたそうです」
竜崎がテーブルの上に置かれたコップを取り上げて言った言葉に、月は微かに眉
を寄せた。
常にかかさずミネラルウォーターを持ち歩く人種がいるのは知っているが、水道水を自宅から
ペットボトルか何かで運んできたという
松田の場合はどうせいつものボケだろう。
問題は、そんなことを何故竜崎が言ってきたかだ。
既に複雑に考えを巡らし始めた月であったが、対象的に、竜崎は至極単純な意図をもってコップの
中程まで入った水を覗きこんだ。
「この水は月君のようですね」
抑揚のない、ただその一言。
それでも月は竜崎の意図として最も高い可能性を瞬時に悟る。
……挑発、だ。
いつもと同じ、汚い物でも摘むような指先で水道水の入ったコップを持つ竜崎。それと反
対の左手が、彼の好む甘味の黒蜜を
円筒形の容器ごと引き寄せて、コップに……コップの中の水に、かけた。
線状になって沈んでいく大量の蜜。右手の掻き回す動作に水が揺れ、つられて拡散する蜜は見
る間に水を染め上げていった。
「……何やってるんだよ」
呆れたように声に出したが、意図を理解している筈の頭が不覚にも僅かに動揺したのを感じ
た。
黒くなって、やがて落ち着いていく水。
「これも、月君のようです」
濁ったソレを見つめてのんびりとつぶやくと、竜崎は何の関心もなさそうな顔をして、さっさ
とその黒いものを飲み干してしまった。
目に映る、
空っぽのコップ。
一瞬にして沸き起こった腹を灼く激しい衝動。
歪んだ唇が弧を描く。つり上がる感情をギリギリで抑えて。
『 消えてなくなるのはお前だ、エル 』
誰にも聞けない音を乗せて、月は「酷いな」と呟いた。
tone = 色合い,語調,抑揚,傾向
いくらなんでも松田ここまでアホじゃないだろとつっこんでみる。