「ハッ!」
短い息と共に横薙ぎに振った剣の切っ先は獲物の急所を見事に捕らえた。
その命の尽きるのを鋭い目で確認してから剣を納めたアーシェを、バルフレアは面白げな顔で見つめる。
「ガラムサイズでも思ったが、王女様、なかなかの腕だな」
やるねぇと笑うバルフレアを、アーシェは固い表情のまま睨み付けて切るように言った。
「ダルマスカ王家では男性のみならず女性も
武芸を嗜みます」
「成る程? ドレスを着て花を愛でるだけの御伽の国のお姫様じゃないってこと
か」
何処か馬鹿にしたようにも聞こえる男の言葉に、アーシェはますます眉を吊り上げた。
明らかな不快を
露にしている。
「そんなもの、帝国の貴族ぐらいでしょう」
「それにロザリアの上層階級か」
「ええそうよ」
「……ああいうのは性に合わないか?」
ふと思いついて訊いてみた。
自ら解放軍を率いて戦ってきたアーシェだが、国と失った全てに想いを馳せて涙に
くれるなんて
選択肢もあった筈
ではないのかとバルフレアは思う。
あるいは自殺したという公式発表の影に隠れて、新たな人生をやり直す事だって
出来ただろう。
少なくとも帝国のあの女達には剣を取るなんてことは出来なかったろうな、と、
バルフレアは
過去何度も周囲に見てきた女性達をぼんやり頭に浮かべる。
――今でこそアーシェは勇猛果敢な戦士であるが、
戦争終結して間もない頃はこの道を選ぶことに僅かでも迷いがあっただろう。
それでも敢えてこの選択をしたのは
彼女の性分だろうかと考えていたからこそバルフレアの口から出てきた問いだったのだが、
それがアーシェには心底意外
なものだったらしい。
彼女は戸惑ったような、理解し難いというような表情をした。
「性に合うか
合わないかではないでしょう」
別に、とアーシェは付け加える。
「剣を振る必要がなければ、それが一番いいのよ。
ただ、守る為には……どんな時も力が必
要なんです。
治世であれ乱世であれ、己と友を敵から守る為の力が」
アーシェにとっては性に合うかどうかでなく、守りたいと望むか否かの違いだった。
望み――自分だけで
なく、大切な人達の望みだ。
「城で守られていた私が、今度は守らなければならないの。
守るべきものが
奪われていれば、それを取り戻して」
常よりも低い声音ではっきりとそう言ったアーシェにバルフレアは瞠目した。
彼女は王女である故に
こんな答えを全く予想していなかったわけではないが、己の心に真っ直ぐに突き進もうとする
アーシェの眸はあまりにも強く
バルフレアの目に映った。
想像以上に曇りのない瞳は、彼女が自分の意思を心から信じている
のだという証。
決して奇麗事ではないひたむきなまでの想い。
……過信。
バルフレアは思った。
――危うい、と。
守護の力を欲する心も、やがて欲を満たそうとする渇望へと形を変えてしまうことも
ある。
意思が強ければ強いほど、増幅した力への欲求は人の心を取り込み、何かも変えてし
まうことを、
バルフレアはよく知っていた。
“歴史を人間の手に取り戻す”
――――そう言って変わっていった人を知っていた。
「…………」
「……どうかしましたか?」
急に黙り込んだバルフレアの顔から笑みが消えたことに気付いたアーシェが、訝しんで訊く。
「いや」
短く答えながら、バルフレアは一瞬脳裏に過ぎった在りし日の父の姿を消し去った。
変わり始めた頃の父。
異変に薄らと気付きながらも何もしなかった自分。
アーシェを見て思い出したのは
何かの予兆なのか、それとも――。
気の重さに、バルフレアはアーシェの依頼を受けてしまった理由を今更ながら悟った気がした。
この危うさから目を離したくないのかもしれない。
彼女が変わっていくのかを知りたいのかも
しれない。
……自分がそれを止めようとするのかを、知りたいのかもしれない。
これは捨てた過去が捨てきれていなかったのかを確かめる旅になるのだろうか。
そんな予感をひしと感じて、
バルフレアはアーシェに気付かれないよう、小さく重い溜息を吐いた。