ひたと冷たい床が鳴る。
何者かが刃で宙を裂く風斬り音に呼ばれ廊下を渡った。
直進し右に曲がれば道場。其処に待つであろう人の姿を脳裏に浮かべると
可笑しくもないのに自然笑みが零れた。
あの人も自分と同じなのだと。満たされない喉の渇きに苛立ち慄き、全てを忘れるように刀を振るう。
隊士達の誰も見ていないこんな時分でなければそうすることも出来ぬ哀れなオニ。
道場に足を踏み入れた刹那勢い良く振り向いた影が袈裟懸けに刀を振り斎藤を襲った。
抜刀し受け止めた重みも音色も何と心地好いものだろう。真剣ならではの響き。たった一振りで命の灯火を消し去る物ではの。
今も
「俺でなければ死んでいましたよ」
俺でなければ首が飛び絶命していたでしょうにと斎藤が笑んでみせると、急襲者、土方はいつに無く憔悴した様子で呆然と呟いた。
「斎藤……」
その彼の反応で、恐らく刀を振ったのは無意識だったのだと斎藤は気付く。
土方のこめかみには汗が伝い落ち小さな息遣いが途切れ途切れに耳に入った。
「随分激しい発作ですね。本当に、来たのが俺で良かった」
「何しに来た」
「貴方と同じです。飢えて堪らず、刀を振っていれば少しは気が休まるかと思い此処に来ました」
「……」
「お相手、しますよ」
斎藤の声の調子が僅かに変わる。それは誘うように甘く危うく土方を惹きつけた。
斎藤の目には緋色の焔が灯り始めていて、先程一時殺気の篭った刀を交わしたせいで彼の内部の何かが刺激されたのだと分かる。
「相手をしろよ。ただし」
斎藤の胸倉を掴み喧嘩でもするような勢いで土方は彼を倒した。
「こっちのな」
背が床板に打ち付けられ常なら相当痛む筈なのに大した痛みも無いことが奇妙だ。
慣れたとはいえ微かな困惑を見せた斎藤の顔を目を細め眺めながら土方が言った。
「この体になってから気付いたことがあるだろ?」
「……」
「そういう感覚のことだけじゃねぇ。羅刹同士……かは知らねぇが、体を繋げりゃ暫くはどんなに飢えていても血の欲求に堪えられる」
「似ているからでしょうか」
全てを吸い尽くすように身体を抉る行為。供血者は兎も角、この行為なら抉られる方も体液を注がれて潤うことが出来る。
土方は斎藤の襦袢を剥がし何度も肌に吸い付いた。さらりとした感触が堪らず思わず噛み付きそうになるが、それではこの行為の意味が無い。
生殺しは今の内で、繋がってしまえば血を啜らずとも快感に溺れられる。
(早く繋がりたい)
斎藤は土方の肩に手を添えて彼の着物をずらした。立てた膝を土方にぐっと擦り付ければ応えるように土方の腰が斎藤に重なる。唇が降って来て貪るような口付けを交わしながら互いの腰を何度もぶつけ合った。
今宵の土方の欲求は相当高まっていたのか、そうしているだけで激しく呼気が乱れてくる。
だが土方はまだ斎藤の中に入らない。
焦らしてでも長く続けた方が“薬”としての効果が上がるらしいというのもまた、最近になって気付いたことだった。
揺れる土方の紫の眸が妖しく潤み時折辛そうに顰められるのを至近距離で見つめていると、斎藤の中にある思いが浮かぶ。
(この人を食いたい)
何故俺が食われねばならない、と。羅刹となってから斎藤は時折そんな不満を持つようになっていた。
気持ちが良いから下でも良いが当然のようにそうされるのは気に入らない。
上になりこの男のするりと伸びた首の筋に唇を当て、刃のように削れた歯で肉を裂き、その血を飲み干せたならどんなに――。
恐らく土方も自分と同じことを思っているだろうに。飢えからの解放を望み獣のように必死に身体を求めてくるくせに決して噛み付いてこない彼に、どうしようもない愛おしさと苛立ちが込み上げた。
(噛み付いたっていい)
そうすれば意趣返しとして俺も同じことを出来るのに――。
「どうされました副長? いつもの余裕が無いですね。……我慢などしなければいいものを」
唇が離れた隙にそんな言葉で誘いを掛ければ
「テメェこそ、余裕なのは口だけじゃねぇか」
案の定な言葉が返ってくる。同時に捲れた着物の裾から手を入れられて斎藤は激しく扱かれた。
「っ!」
「飢えてんだろ? 俺が欲しいって啼いてるぜ」
ココが、と擦られる快感に耐えながら斎藤は土方を挑むように睨み付けた。
「あんたを食いたい」
「俺はこっちを譲る気はないぜ」
食えるもんなら食ってみな。
そう言われたから斎藤は土方を噛んだ。
「ッ」
頭の横に置かれた土方の手の甲をガブリと一噛みし、その噛み痕からじわりと血が浮き出てくるのも待たずに舌で舐め取る。舌にその味が広がった刹那、焦らされた身体を一気に貫かれた時とよく似た感覚がしてぶるりと身体が震えた。
「……飼い犬だって手を噛むんですよ?」
薄っすらと笑った斎藤に土方は
「上等じゃねぇか」
自らの血の臭いに眸を真っ赤に染め上げて残忍に哂う。
「生意気な犬は躾けてやる」
「――あっ」
吸血の代わりに始めたこの行為が血臭を伴う激しいものに変わる迄幾ばくも掛からない。
猛る羅刹が二人。
明滅するように白色と黒を行き来する髪は、さながら交じり合う二人の如し。