薄明・1





  切り札は然るべき時に使ってこそ切り札だ。
  懐に隠し持つ“それ”を指ですと撫でて斎藤は目を閉じた。
  此処、元会津藩の塩川村で斎藤が謹慎生活を強いられ始め十数日が経つ。
  己の半身とも言うべき刀を取り上げられ自由の利かない無為な日々を過ごすことは痛みを伴う死より苦痛だ。
(俺は何故此処にいるのだろう)
  幾度となく己に問い掛ける日々。自問自答の虚しさにもいい加減飽きてきた。
  が、このような状況に置かれることを受け入れたのは斎藤自身だった。塩川に送られる前、会津の為に死に物狂いで 戦い抜く心積もりだった斎藤に投降を呼び掛けたのは松平容保公その人だった。
  御恩に報いる為と戦っていた、対象であったその人が言うならば戦う理由は意味を失くす。
  そうして目的を失って、敵に捕らわれ今に至る。一度は納得していた。
  会津に残ると決め、会津で存分に戦った。それでもどうにもならない結果に容保公が決断を下した。
  ならばその辛酸と苦渋に満ちた決断に沿おうと。
  だが然し、戦に慣れた斎藤の体は忽ち長すぎる休息に疼き出した。
(――生きているのか死んでいるのか分からない)
  左構えと罵られ居場所の無かった頃でさえ、こんなにも生が虚しかったことは無い。
  思い出すのは壬生村にいたあの頃。
  総司が元気に子供達と駆け回り、近藤が純粋な満面の笑みで笑い、そんな彼を慕う新八と左之助が いて、二人にからかわれては突っかかる平助がいた。そして
  ―――――土方副長。
  やり遂げねば、ならないことが。
  否、やり遂げたいことがあるのだ。
  言葉で約束を交わしたわけではない。それでも心底望んでいた。
(土方さん……)
  もしも会津と共に果てず生き延びたならば、必ずや追うと決めていた。
「俺は……」
  やはり刀を捨てることなど出来ない。新選組を捨てることなど出来ない。
  最早こうして生き延びていることに意味があるとしか思えなかった。
  目的を見失いかけていた斎藤の中に、蒼い焔がゆらりと灯る。
(追いかけねば)
  追いつかねばならない。たとえ一人此処を出ることで共に囚われていた会津藩士達に害が及ぼうとも。
  “あれ”によって理性を失い、人間らしさの欠片も無くなったとしても。それでもあれを飲むことで通常の何倍もの力と速さを得ることが出来るならば。
  懐から滑るように斎藤はそれを取り出した。
  以前不気味でしかなかった真紅の水は、今や最高に魅力的な薬。
  そんな些細な変化にも時の流れを感じて、斎藤はくっと喉を鳴らした。
  感傷に浸るのはここまで。
「――――っ」

  びぃどろ内の液体を飲み干した。