薄明・2





  やり遂げたという充足感しか無かった。
  我が強く家業を手伝っても奉公に出ても己の居場所が全く見つからなかった自分が、漸くこれと見つけ定めた道だ。 それに懸けた人生を後悔などする筈が無い。まして道の終焉――新選組の幕引きをこの目で見ることが出来たのだから。
(近藤さん……)
  あんたが見られなかったものは、俺が代わりに見ているよ。
  己が血に塗れ仰向けの姿勢で晴れ渡る浅葱の空を眺めていた土方の脳裏に、先に逝った人達の姿が呼び起こされる。
  近藤、総司、平助、源さん、山崎……。そして斎藤。
  鮮明な色を持って在りし日の姿を見せる彼らの中で、最後に浮かんだ斎藤への想いのみが大きく膨れ上がってゆく。 彼に関してだけは、未だ何処かで生きているのではという思いがとうとう消えなかった。
(生きているといい)
  いくら願ったとて困難なものがあることは身を以って知っているが、彼にはこの先をずっと生きていって欲しかった。
  最期まで、共に在ることは叶わなかったけれど。
(お前が、生きていれば)
  自分が選んだこの死に場所で死ねる己に、恐らくはもう何一つ悔いることなど無いだろう。
  ざ……ざ、と鈍い足音が聞こえた。
  遠い意識の中で、敵兵が様子を窺うように恐々と近付いてくるのが分かった。
(なんだよ……、死に掛けの俺一人相手に……何をびびってるんだか……)
  後悔など無いと感じたばかりだというのに、本当の死が近付いたからだろうか。不意に、こんな連中に負けて終わることを酷く物寂しく思う。
  こんな連中が官軍とされて仲間が殺され、自分達が時代から消されていく。その時流を衷心より寂しいと思った。
  と、
  その時
「っギあァあッ!!」
  断末魔と、血飛沫が上がった。
  霞み殆ど見えなくなっていた土方の視界が赤く、赤く染まる。
  ヒュ、と白銀が空を裂き、土方の眼前で土方に近付いて来ていた敵兵が裂けてゆっくりと傾いでいった。
  たった今死体に変わったその体の向こうに見えたものは――
「さ、いと、う……?」
  其処にいたのは、白髪を振り乱し鋭利な真紅の眼光を放つ、一人の羅刹だった。
  その変わり果てた、だが懐かしい姿に土方の胸に訳の分からぬ苦しさが込み上げ、ますます声が出なくなった。
  土方を囲む敵を一瞬にして片付けた斎藤は、紙のように白い顔に真っ暗な深淵を映したような目をして土方に近付 いてくる。何も言えず斎藤をぼんやりと眺めている土方を前に、彼は無駄の一切無い仕草で速やかに跪いた。その彼の背後で、 仲間をやられたことに焦った他の兵達が向こうから大量に駆けてくる。それを目の端にも映さずに斎藤は一言、言った。
「――お許し下さい」
「っ!」
  斎藤が口に何か入れたのを見た刹那、唐突に合わさった唇の懐かしい感触の中から、得体の知れないまろやかな液体が口内に流し込まれるのを感じた。