monstre・5





  常人ならば――――

  そう、常人ならば放たれた迸る炎とガンブレードの剣撃を同時に防ぐことなど出来なかった。
  熱に捕らえられ焼かれたか、あるいはサイファーの剣が正確に彼の首を捕らえ、切り落としていたであろう。
  SeeD達は敵が常人であるなどと最早露ほども思っていなかったものの、それでもこの一瞬は確かに勝利を確信していた。
「……っ」
  先にその確信を捨てざるを得なくなったのはサイファーだった。
  敵の肉を切り裂く手応えが無かった。あったのは、柔らかな布を裂く軽すぎる感触。
  サイファーが捕らえたのは男の顔を隠していた布と頭部を覆う黒衣の端だけだった。
  一方、スコールもまた言葉を失くしていた。
  確かに放った最高位の炎の魔法が、標的に当たる寸前に四散してしまったのを見たのだ。
  まるで見えない壁にでもぶつかったように、火の玉は敵を避け四方へと掻き消された。
  その直前男は何も出来なかったように見えたというのに、炎が四散する瞬間膨大な魔力が男を守るように取り囲んだことに スコールは気付いていた。そしてそれが十中八九この男の意図によるものなのだということも。
(一体……)
  何が起こったのか。どうやって防いだのか。一体この男は何者なのか。
  余裕に満ちたこれまでの動きから彼が実力を出し切っていないことはすぐに分かった。
  攻撃出来るのに攻撃を出さない間が何度かあったことに、スコールもサイファーも気付いていた。
  例えば今の一瞬。二人が驚愕に呆けた瞬間を狙われたら既に命は無かっただろうが、まだ死の瞬間はやって来ない。
  短い攻防の中に圧倒的な力の差を感じ、確かな実力を持ったSeeD二人はそれ故に半ば頭を混乱させた。
  冷静さは失っていない。しかし脈打つ鼓動は本能で危険を感じ取っていた。
  これで打ちのめされる程弱い精神は持っていない筈だが、勝算が有るなどと楽観して言える程呑気でもなかった。
“……殺しを楽しむかのように虐殺する”
  不意にあの女の言葉が頭を過ぎった。
  これではまるで獲物として嬲られる立場のようだと屈辱を感じ、スコールは奥歯を噛みしめる。
  爪が食い込む程拳を握り、対峙する相手へと全神経を傾ける。
  サイファーはこれまでに見たことが無い程険しい顔で敵の一挙手一投足を決して逃すまいとしていた。
「……面白い」
  不意に場に似つかわしくない、涼やかな声が聞こえた。
  どんな声だったのかしらね?とまた情報屋の女が口にした台詞が脳裏を過ぎり、スコールは息を呑む。
  男は無防備に立った儘、口元を覆っていた布のサイファーが大きく切り裂いた部分に指を差し込むようにして、布を引き下げた。
(素顔を晒すつもりか?)
  二人は男の突然の行動を黙して見続けた。
  布の下から形の良い唇が現れ、次に、前髪ごと払うように黒衣のフードを上げる。
  鮮やかな金髪が零れるように流れ頬に掛かった。
  右頬には刃が掠ったのか、赤い線が出来ていた。
  ゆっくりと、男が顔を上げる。
「……お前が……」
  スコールが思わずといったように言葉を漏らすが、続きは紡げない。
  瞬きも忘れ男を凝視した。
「“雲”……」
  スコールの言葉の続きともいえる単語を、サイファーがはっきりと口に出した。
  素顔を明かした敵を獰猛に睨みつけながら、それでも僅かに戸惑いが滲む。
  影、闇、霧、雲。
  その陰を表す数々の呼称に反し、彼の実際の姿がむしろ陽に属するような明色の金髪と透き通る蒼穹の 眼を持っていることなど、誰が知り得ただろう。
  そしてその本当の名前は――
「クモ?」
  男はサイファーの言葉に微かに笑ってみせた。
  繊細だが凍えるような鋭利な微笑。スコールの背筋を寒気が撫で上げた。
「俺はクラウドだ。それ以外に名など無い」
  一人歩きした呼称も、それを呼ぶ者達全ても見下すように、男が言った。
  偶然か否かその名はスコールが情報屋との会話で口にしたのと同じもので。
  もしかしたら、彼を“雲”などと呼び始めた者は、彼を知っていたのだろうか。
  本名かどうか疑う前に、そんなどうでもいい思考が頭に浮かんでは消えてゆく。
  晴れ渡る色彩を持ちながら明とは言い難い。
  深海のように暗く鋭い彼の目の奥にちらちらと翠の光が不気味に揺れるのを見つめながら、スコールはえも言われぬ悪寒を感じていた。
  その翠光こそ自身の血臭に触発されたジェノバの意識であることも、ジェノバの存在すらスコールは知る由も無いが。
(これだ……)
  スコールはその時初めて実感する。
  今朝から、いや、もしかしたらあの情報屋で話を聞いた時から絶えず感じていた予感めいた不安。
  自分はこの男と出会うことを予感し、危惧していたのだ。
「クラウド……」
  男の名を反芻する。
  彼が素顔を見せたということは、恐らく、敵を生かしておかないという意思表示なのだろう。
  無意識に刻み込むように言葉を発したのは、もしかしたらこの名が自分の命を奪う者の名となるからかもしれない。
  覚悟を決めるなど、絶対にしたくないけれど。
「スコール」
  心でも読んだのか、サイファーが強い口調でスコールを睨みつけ呼んだ。
  分かっていると目で返し、スコールは自身を奮い立たせた。
  一歩、クラウドが歩を進める。獲物を追い詰めるかのように。
(殉職など、冗談じゃない)
  スコールは再び目に強い光を宿して、剣を握る汗ばんだ手にぐっと力を込めた。






      Fin.