play・1





「アーシェアーシェ」
  楽しそうな声で呼ばれ振り返った アーシェの頬に、ヴァンの人差し指がつん、と当たる。
「……っ」
  一瞬驚いて目を見開くアーシェを見て、ヴァンはへへっと楽し そうに笑った。
「やった引っかかった! アーシェでも引っかかるんだなー」
  すぐに手を離したが、いつもぴんと張り詰めている ような気の強い王女を騙せたのが嬉しい。
  パンネロはそんなヴァンの様子に 「失礼よ」と眉を顰めて注意した。
  本来、王族の体に勝手に触れることは無礼極まりないことだ。
  今は拠所ない事情があっても、 パンネロ達にとってアーシェが自国の王女である事実は変わらない。一緒に旅をしてい る仲間とはいえ、パンネロは生真面目な性格ゆえ ヴァンの無作法を見咎めたのだ。
  だが、当のアーシェはというとまるで怒った様子もなくきょとんとしていた。
  何が起こったのか分からない、というと些か過言であるが、まさにそのような面差しだ。
  彼女のこんな顔はめったに見られるものではなく、自分の悪戯に対し何も言ってこないアーシェに、そんなにショックなのかはたまた 怒らせたのかと不安になったヴァンは、恐る恐る話し掛けた。
「あの……アーシェ? 悪い、そんなに……」
「顔に虫でもついていましたか?」
  ヴァンの言葉を遮ったアーシェのその言葉に ヴァンははぁ?と思 わず声に出しそうになったのだが、「毒虫じゃないだろうな」と真剣な顔でバッシュが重ねて訊い てきたものだから、ぽかんと 口を開けたまま停止してしまった。
  パンネロはアーシェとバッシュが冗談を言っ ているのかと思い、中途半端に笑顔を作ろうとした顔になった。
  しかし、どうも 彼らの表情は至って真剣だ。
  いくら待っても崩れることのない表情に、 「なんちゃって!」 とか何とかいうお決まりの台詞も飛んでこない。
  どうやら二人の言葉は冗談でも嫌味 でもなく、実に純粋に口から 出てきたものらしいと気付いたヴァンとパンネロは顔を見合わせて戸惑った。
「ぷっ」
  そこでバルフレアが耐え切れないといったように吹き出した。
静寂が大きくも小さくもないバルフレアの笑い声に支配され、彼の相棒のヴィエラは物珍しそ うにその笑顔を眺めている。
「何が可笑しいのですか?」
  笑われているのはどうやら自分らしいと思ったア ーシェがやっと少し 不機嫌になってバルフレアに尋ねる。
  腹を片腕で抑えるようにして 笑いを引っ込めたバルフレアが言った。
「今のヴァンの行動はな、王女様。ああして人を呼ん でおいて、振り返った所でそいつの頬に指が当たるように する、っていう子供のおふざけだ。で、騙された奴は騙した奴にからかわれるわけさ」
「……そんな遊びがあるのですか?」
「まぁ遊びって程でもないけどな」
「では、私は今ヴァンに からかわれたのですね」
「こらヴァン。紛らわしい真似をするな」
  案の定負けず嫌いな姫は 不機嫌に眉を顰め、忠実な騎士はヴァンを叱りつつ「毒虫の時は言いなさい」と付け加えていた。
  アーシェは ヴァンなどに引っ掛けられたことを知ってそれなりにショックを受けたようだが、ヴァンはヴァン でカルチャーショックだった。
  こんなありきたりで当たり前な遊びを知らないなん て。これが王族ってものなのか。と、ぶつぶつ呟いている 。
  それに相応しい機会であったかどうかは兎も角、漸くアーシェ達との立場の違 いに気付いたようだった。
  パンネロの方は「すごーい」と何故だか感動していて、国を取り戻す波乱に満ちた旅 の中の呑気なひと時に、ヴィエラと空賊ははぁ、と溜息を吐いた。


  次の日のことだ。
「ヴァン」
  優しく穏やかな、けれど凛とした声がヴァンを呼び、ヴァンはくるりと勢いよ く振り返る。
  つん。
  ヴァンのまだ幼さの残る頬にアーシェの細い指先が当たり、その瞬間に彼 女の口元が美しく弧を描いた。
  その笑みはあどけない少女然としたもので、ヴァンはぱちりと目をしばたかせる。
「昨日のお返しよ」
  アーシェはそんなヴァンの間の抜けた顔を見つめてから勝ち誇った表情を浮かべて、さっさと歩き去って行った。
  暫しの間固まっていたヴァンだったが、アーシェが完全に去った後でまんまと勝ち逃げされたことに気付き、 「初心者にやられたっ!」と大声で喚きだした。
  別にベテランではないが、昨日知ったばかりのアーシェに負け るなんて庶民の恥だ、男の恥だとヴァンは嘆き、偶々近くにいたパンネロは「頭平気かしら」と首を傾げていた。

   やられたらやり返す王女であった。









          
ヴァンは甘ちゃん。次はバルフレアに挑戦。