××から始まるミステリー・6





  馬鹿だ、と思う。
  あんなことがあったのにまた此処に来て、期待した馬鹿な女と思われるかもしれない。
  けれど曖昧にされるのは嫌だった。自分の気持ちも、彼の気持ちも。
  今を逃したらきっと全てが無かったことになる。
  その方がいいと逃げたくなる反面そんな終わり方は嫌だと強く思う。
  告白しなければ拒んでいればなどと後悔しても、現実は変わらない。
  ならば少しでも納得出来る未来を手に入れたかった。
  “L”への恋情への抵抗感を、は漸く捨てようとしていた。

  竜崎に何を言われるか不安で堪らない胸中を叱咤して、は指定の部屋をノックする。
「どうぞ」
  迎え入れた竜崎はやはり何時も通りだった。
  緊張しているのは自分だけかと恨めしくなる。
  あの日以来二人きりは初めてで、此処に来る前懸命に落ち着けた筈の心臓は忽ち騒ぎ始めた。

「来たんですね」
  竜崎が真っ直ぐに視線を向けてくる。
「返事を、聞きにきました」
  もまた真っ直ぐに彼を見た。しかし彼はすぐに答えをくれない。
「その前に貴女の気持ちをお聞かせ下さい。はっきりしましたか?」
「……私……貴方を、男性として、好きです」
  身体を繋げたことで男性として見てしまうなんて恥ずかしくて、こんなことを言うのは初めの告白よりずっと勇気が要った。
  の目は少し臆病な光を宿していたがそれでも明確に想いを告げる。
  不本意でも彼の前で隠せなかった。
「良かったです」
  竜崎が目を細めて笑い、その表情が何処となく安堵したもののように見えては驚いた。
(こんな顔もするんだ)
  竜崎は竜崎でを只利用したわけではなくあの夜にちゃんと思うところがあったのだろうか。
  だとしたら嬉しい。それだけでもあの告白に意味を持てる。
  竜崎は「最後まで聞いて下さい」と前置きしてから話を始めた。

「私は、貴女に告白されるまで貴女を女性として見たことはありませんでした。
美しく魅力的で性質も可愛らしい。なので好感は抱きましたが、優秀な捜査官、それだけです」
  は俯いた。
  だがこれは当然といえば当然で、捜査に専念する竜崎が自分を女性として見ているなどとて考えたことは無かった。
「ですが貴女に好きと言われて私は嬉しかった。私も貴女が好きですからね。
しかしそこで初めて貴女を女性として見ると、私は自分の感情が分からなくなった。
相手が異性としてどうかという判断は非常に難しいんです。貴方もそうでしたね?」
「……はい」
  の竜崎への感情に迷いがあるのを彼は最初から見抜いていた。
  あるいはその恋情に浅はかな幼さがあることに気付いていた。
  には分からないことだが、竜崎、Lとしてはそれでは困るのだ。
  もし本当にLの隣を望むならそれでは覚悟が足りない。だから試す必要があった。
  が勝手で横暴な竜崎でも受け入れることが出来るかどうか。残念だが受け入れられなければそれで終わりだ。
  (尤も、そのことを彼女に説明する気は無いが)
  竜崎は独り言ちもう一つの理由だけをに教える。
「だから私は試すことにしました」
「試すって、その、」
  見当が付いたのだろう、言い難そうに視線を泳がせたに竜崎ははっきりと言った。
「身体の相性です」
「……」
  さあっとの頬に赤みが差す。
  可愛らしいな、と竜崎は心中で笑った。
「大事なことです。相性が良いということは本能的に求めているわけですから。行為中の私の精神状態も参考になりました」
  言い方が妙に生々しい。
  第一身体で試したとか行為中にそんなことを分析していたとか、女性への配慮が全く無い。
  こんなことを普通の男性に言われたら間違いなく殴っている。
  だが竜崎が相手なせいか、何に怒っていいか分からない。
  発端はがうっかり告白してしまったせいだし、実際に関係を持つことで感情を測ろうとした竜崎は本当にどうかと思うが、彼が 謎解明の為に手段を選ばないことは知っている。
  それにどう言い訳しても結局は彼を受け入れてしまったのはだという最大の落ち度があるのだ。
  結果、の恋情は前より強さを増してしまった。
  それももしかしたら竜崎の予想範囲内だったのだろうか。
  怒りたいのにどう反応すべきか決めかねているに一歩近付いて竜崎は言う。

「結論を言えばさん、私は貴女を人としても女性としても好きだと感じました。
貴女が信じる信じないに関わらずそれは間違いありません。
こんな言い方で不愉快に思われるかも知れませんが、貴女を見て感じた結果です」
  竜崎はすっと片手を差し出した。

「それでも良ければ、私の恋人になって下さい」

  差し出された手は握手を待って静止している。
  その手を呆然と眺めながらは頭をフル回転させていた。
(え? 女性として好きって、言った?)
(私を? ……本当に?)
(ていうか、抱いて好きになったってこと……?)
(お、怒るべきなの?)
(え、というかこ、……恋人!?)
  ――パニックである。
  は何とか落ち着こうと深く息を吸って、吐いた。
「……さん?」
  窺うように竜崎が首を傾げた。
  その所作は少し幼くも見え、先日の夜を翻弄した雄雄しさは微塵も感じさせない。
  深呼吸で胸が段々落ち着いてくると、少しは余裕が出たのか、はこのシーンの可笑しさに気付いた。
  あんなことがあったのに今更交際を求めて握手なんて、まるで思春期の純粋な青年のようだ。
(それに言ってることもやっぱり変……)
  感情が定かでなかったが身体の相性が合うから好きになったと言う竜崎だが、には合うかどうかはよく分からない。
  一体何を判断基準にしているのか考えるだけで恥ずかしい。
  そもそもそんなことで好きになっていいのだろうか。
  確かにも竜崎を男性として意識して好きになったのは(認めたくないが)あの一件がきっかけのようだけれど、物凄く不純な気がして 罪悪感がある。
  全く躊躇無く口にした竜崎にはそういった思いは無いのだろうか?
  大体、交際までの順序もおかしいし。
  そこまで考えて、は考えるのを止めたくなった。
  ……そう、おかしいのだこの人は。普通と違う。無理に常識に当て嵌めようとしても無駄なのだ。
  はそっと腕を伸ばす。
  いいの?
  納得していないのに。過程がおかしいのに。
  自分の中で問い掛ける声には目を瞑り返す。
(……いいの)
  どんな理由であれ好きなのは確実だと竜崎が言ってくれたことがを押した。
  何よりも差し出してくれたこの手を取りたいという気持ちを隠せない。
「はい」
  触れた手をぎこちなく握る。
「宜しくお願いします」
  少し躊躇いがちに照れたように微笑むの手を、竜崎が強く握り返してくれた。









      Fin.