目を覚ますと、まず目に入ってきたのはぼんやりと浮かぶ板張りの天井だった。
まだ夜の帳が上がっていないのか、部屋の光源は行灯と月光しかない。
それでもどう見ても先程までいた川原とは違う光景に、あの男――土方に攫われたのかという認識を持ちながら身を起こすと、案の定
鳩尾付近に微かな痛みが残り、手が自由に動かせないことに気付いた。
後ろ手に縄で縛られている。当然刀も、懐に忍ばせていた短刀も無い。
(ちっ)
己の敗北を思い出し思わず舌打ちが出る。
と、暗がりでも感じるあからさまな視線と人の気配を感じ其方に目を向けた。
畳の狭い室内、斎藤の座る布団の横の壁に男が凭れて、両腕の間に刀を抱えたまま腰掛けていた。
「キミ」
楽しそうな薄笑いを言の葉に浮かべながらその男が言う。
「土方さんを襲ったんだって?」
「……」
「やるじゃない」
にっこりと朗らかにすら見える笑み。
恐らく此処は新選組の屯所で、この男は土方の仲間なのだろう。
そう見当をつけた斎藤だったが、男はあーあと大袈裟に溜息を吐いた。
「でも失敗するなんてつまらないなぁ。あの人、一遍くらい斬られちゃえば良かったのにさぁ」
その口から出た言葉はとても仲間に向けたものとは思えず、斎藤は胡散臭げに彼を見る。
「お前は誰だ?」
「ボクは沖田総司。名前くらい聞いたことあるかな?」
沖田……。確か、新選組随一の剣客だと聞いた。
この依頼を受けた時に聞いた名は土方と沖田。そして局長である近藤勇だ。
依頼主とのやり取りを思い出していた斎藤に、沖田総司が身を乗り出してくる。
ぐっと顔を近づけて笑みを深め、まるで釘を刺すように睨めつけてきた。
「でもキミ、狙ったのが土方さんで良かったよねぇ。もし狙ったのが近藤さんだったらさ、今此処で僕に斬られて滅茶苦茶に
なってたと思うよ……?」
行灯の灯りに照らされニッと目を細めた影のあるその表情に、得体の知れない異様さを感じる。
今、斎藤が気付いたことは二つ。この男にとってどうやら重視しているのは土方でなく近藤だということ。
そして、この沖田という男を決して侮れないであろうこと。
忠告をして満足したのか、彼はすっと身を離し斎藤に再び問い掛けた。
「でさ、君は土方さんに何か恨みでもあったの? それともただの雇われ刺客なわけ?」
「……」
「ま、いいや」
沈黙する斎藤に対しあっさりと彼は引いた。
代わりに音を立てずに立ち上がって背を向ける。そうして見返りながら斎藤を招いた。
「来て。――皆が待ってる」
皆とは、新選組の面々のことだ。
斎藤は腰を上げる。
沖田に誘導されて広間へと連れていかれながら、斎藤は覚悟を固めていた。
待っているのは追及と拷問と、死か。
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