風紀委員Hの悲劇・1





「貴様風紀委員としての自覚はあるのか」
  薄桜学園の誰もが近付くことを避ける生徒会室に会長・風間の声が気怠げに響いた。
「申し訳ありません」
  相対する斎藤は珍しくしょんぼりと、だが言い訳もせず潔く謝罪する。
  謝罪――今朝の自分の遅刻についてだ。
  今朝斎藤はいつも通りに朝早く家を出た。だから本当は余裕で学校に到着し正門での遅刻者チェックの仕事につけた筈なのだが、登校中一人の老人が道端で胸を押さえて しゃがみ込んでいるのに鉢合わせてしまった。老人を放っておける筈もなく、救急車を呼び老人が搬送されていくのを見送っていた ところ、斎藤は風紀委員の仕事に遅刻してしまったという訳だ。とはいえ同じ委員の南雲が一人でチェックを行ってくれたので 結果的には然して影響は無かったのだが、
「全校生徒の風紀を正しその模範となるべき者が遅刻とはな。貴様には少々自覚が足りんようだ」
  と風間は鬼の首を取ったように尊大な態度で斎藤を詰る。自らの落ち度を自覚して逆らおうとしない 斎藤を高みから眺めていた風間だが、ちらりと傍らの棚に目をやると悪戯でも思いついたようにニッと目を細めた。
「ペナルティだ」
「は?」
  ペナルティ。その言葉を聞いた瞬間斎藤は嫌な予感がした。それも物凄く嫌な予感だ。
「風紀委員のくせに遅刻などした不届きな貴様にこの俺が罰を与えてやろう」
(何か目が活き活きし出したような……)
  さっきまで革張りの椅子に凭れて如何にも気怠げだったのに、一体どんな心境の変化が起こったのか風間は身を乗り出してくる。
「当然貴様も悪いと思っているのだろう?」
「それはまぁ、そうですが」
「ならば受けるな?」
「……まぁ……」
「どのような罰も?」
「………はぁ……」
  この時斎藤は何としてでも断るべきだった。のだが、どんな理由があれ遅刻してしまったという事実に深く反省していた斎藤はつい うっかり言ってしまった。
「分かりました……。会長の言う通りどんな罰をも受けましょう」
  正直南雲に文句を言われるなら兎も角何故生徒会長だからといって風間なんぞに罰せられなければならないんだという思いはあったが、 付け入る隙を与えてしまったのは誰であろう自分なのだ。風間は斎藤に付け込むことが出来て余程愉しいのか言葉のわりに 顔がにやついている。そして斎藤の返事を聞くなりそれまで以上に黒く濃い恐ろしい笑みを見せた。
「良い覚悟だ」
  ぞっとする斎藤を置き去りに風間は徐に椅子から立ち上がり棚の引き出しをさっと開けた。
「ならばこの罰を受けるがいい!」
  声高に叫んだかと思うとばっと白い物を取り出して斎藤に投げつける。
「!?」
  それは白い布だった。投げ渡された斎藤は訝しげにその正体を確認する。どうやら、紐の付いた白い衣服。 両手で広げてみて初めてそれが何か分かった。
「……割烹、着?」
(訳が分からない……)
  一体どうして遅刻の罰が割烹着になるんだ? と混乱する斎藤に風間は
「それを肌の上に一枚身に着けた格好で俺に味噌汁を作ってこい」
  と(何故か得意気に)言い放った。
「…………は?」
「何だ聞こえなかったのか? ならばもう一度言ってやろう。いいか、貴様はその割烹着を素肌の上に一枚だけ着用し、裸エプロン ならぬ裸割烹着姿で調理室に立ちそこで俺の為に味噌汁を作るんだ」
  案ずるな、調理室は俺が責任を持って借り切ってやろう、と風間は続ける。
「じょ、」
  たっぷり十秒は固まっただろう。斎藤は岩のようになった頭がピシピシとひび割れていく音を聞き ながら何とか平静を保とうとした。パクパクと魚のそれになりそうな口を必死に動かして反論を試みる。
「冗談じゃない! 何をバカな……っそんなの」
  遅刻と全然関係ないじゃないかと言おうとする斎藤を風間の声が悠然と遮った。
「関係無くはないぞ斎藤一」
「何だと!?」
  息巻く斎藤を白々しいまでに真面目くさった顔で風間は諭す。
「いいか斎藤一。貴様は風紀委員の身でありながら遅刻をし学園の風紀を乱した。ここまでは認めるな?」
「……あ、……ああ」
「それは風紀を守る者としての自覚が貴様に足りんからだ。ならば一度風紀の乱れというものが如何に恥ずべきことかを学び直す 必要がある」
「だから、それがどうして割烹着一枚などという破廉恥な格好で味噌汁を作ることに結びつくんだ!?」
「分からんか。乱れた格好をして貴様の大好きな味噌汁を作る。それは味噌汁に対する最大の侮辱だ。己の身を以て反省するがいい」
「ふざけ……」
  顔を赤くして怒鳴ろうとした斎藤に風間は畳み掛ける。これを言えば斎藤を黙らせることが出来ると確信して。
「何より貴様は先程どのような罰でも受けると言ったではないか!」
「うっ!」
「武士に二言は無いだろうな? 男子たる者皆武士のような気概を持たねばならないと、貴様は以前そう言っていたな?」
「それは! 確かにそう言ったし今でもそう思っているが、だがっ」
「ならばつべこべ言わず約束を守るがいい! 貴様遅刻者の分際で嘘吐きにまで成り果てる気か!!」
「!!!」
  ビシィッと、風間は人差指を斎藤に突きつけて叫び、その瞬間斎藤は落雷に撃たれたように筋を強ばらせ硬直した。
(約束?)(嘘吐き?)
(この俺が!?)
  風間の言うことを聞かなければ俺は遅刻者だけでなく嘘吐きになってしまうのか!?
  それは強烈な不安を与えて壷を買わせる詐欺師と同じ、完全なる洗脳の手口であった。が、素直さ故見事にとどめを刺された斎藤に 生徒会長、いや、詐欺師風間は満足気に一言こう言った。

「裸割烹着で作るのはなめこの味噌汁だからな」