風紀委員Hの悲劇・2





  夕暮れの調理室にぽつんと一人、斎藤はいた。
  調理台のコンロに置いた鍋の前で濾し器を右手に持ち左手でしゃかしゃか味噌を掻きながら地を這うような声で呻く。
「風間め……」
  その斎藤の格好はと言えば、上も下も素肌の状態で割烹着を着た――即ち裸割烹着などという恥辱の極みのような格好であった。あの風間の口車にまんまと乗せられたと気付いたのは、ふらふらと生徒会室を出て味噌汁の材料を揃えにスーパーまで足を運び、買い物袋を調理室の調理台に置いて服を半分程脱いだ時だった。
(一体何故俺はあんな男の言うことを素直に聞いているんだ……?)
  頭がぐるぐると回り眩暈までしそうな混乱の中で斎藤は、やはりこんな格好になる必要などないではないかと思い直した。
  しかし服を再び身に着けようとすると
『貴様は嘘吐きになり果てる気か!!』
  と風間の声が脳内に拡声器を通した音でエコーし幾つもの彼のせせら笑う顔が目の前を自由に飛び交って斎藤を邪魔する。
(何故あの時どんな罰をも受けるなどと言ってしまったんだ……)
  激しく後悔するももう遅い。
  妙な洗脳だったとはいえ、既に約束してしまい、料理の為の材料を揃え、脱ぎ始めてしまったのだ。
  嘘吐きにならない為にはもうさっさと指定の格好で味噌汁を作って解放されるしかない。 そうして斎藤は覚悟を決めて、全裸に割烹着を身に着け味噌汁を作り始めたのだった。
(破廉恥な……)
  豆腐となめこの入った湯に味噌を溶き入れながら斎藤はもう何度目になるか分からない溜息を吐く。
  乱れた格好で味噌汁を作るという味噌汁への侮辱を感じ反省しろと言った風間の言葉の意味が良く分かった。 あまりにも情けなく、味噌汁に土下座したいくらい物凄く申し訳無い気分だ。 どう考え直してみても遅刻したペナルティがこれというのはおかしいが、成る程風紀の乱れとはこんなにも恥ずかしいものだったのかと身に沁みた。
(早く解放されたい……)
  だがもう味噌も溶き終える。そうすれば後は風間に食わせるだけだ、と斎藤が気を入れた時――
「誰かいんのか?」
  ガラッと勢い良く調理室のドアが開いた。
  ビクリと飛び上がる斎藤。
(鍵を掛け忘れた――!)
  平常時の頭なら有り得ないような致命的ミスに気付いた時には既にその人物は部屋に入って来てしまっていた。
  入って来たのは……
「ひ……、土方先生!」
「斎藤? 何で此処に、つうか何してんだ? 一人でこんなとこで……」
  斎藤は慌てて濾し器と菜箸を置いて空いた手で自分の首から鎖骨下までを押さえた。割烹着で隠し切れていないのは、前では鎖骨周辺と膝下、後ろでは背中から下にかけて全て、だ。幸い今の所部屋の電気を点けていなかった為と土方との間にある調理台のお陰で下方は見えていないが、土方が斎藤に近付いてしまえば状況は丸分かりだ。
  近付いて来ようとする彼に
「近付かないで下さい!!」
  叫び斎藤はその場にしゃがみ込んだ。
(こんな姿を見られたら―――!)
  その悲痛な叫びの意味も土方には伝わらず
「はぁ?」
  意味が分からんと言いたげな土方の声と足音が口以外止める術を持たない斎藤を無視して近付いて来た。足音は斎藤の傍でぴたりと止まり
「!? ……っお前、その格好……」
「…………っ!」
  斎藤の使っていた調理台と隣の調理台の間に、鬼畜風間の贄となった哀れな斎藤のあられもない姿があった。
「ど……どうした斎藤、何でそんな格好してやがる」
  動揺した土方が早口に斎藤を問い質す。斎藤は見られたショックで暫く呆然としていたが、やがて のろのろと立ち上がると、せめて背から下の開きが土方に見えないようにと調理台を背にぴたりと張り付いて顔だけを彼に向けた。 羞恥で潤みかけた目で消え入りそうな声を喉の奥から絞り出す。
「………風間が……」
「風間?」
「今朝……俺は風紀委員にも関わらず遅刻をしてしまいまして……風間に、その……罰を与えられていて」
「……罰ぅ? 何だそりゃ」
「その……風紀の乱れがどれだけ恥ずべきことか身を以て知る為に、調理室を借り切ってやるからこの格好で味噌汁を作って来いと……」
「そう言ったのか? 風間が!?」
「はい………」
  土方は呆気に取られた様子でこめかみを押さえ「何考えてやがんだあの馬鹿生徒会長は……」と唸っていたが、
「で?」
  はたと気付いたように斎藤を睨む。
「……はい……?」
「はい? じゃねぇだろ! 何でお前はそんな要求を馬鹿正直に聞いてそんなカッコで味噌汁作ってやがる……!?」
「それは、その……俺もよく分からず……。風間の巧みな言葉にいつの間にか暗示に掛けられてしまったと言いますか……。 ですが、遅刻したことは事実でして。風間にどんな罰をも受けると言ってしまったこともあり……」
  懸命に弁解する斎藤に土方は閉口した。
「お前な……」
「で、ですが土方先生。この通り無事味噌汁は完成していまして、あとは風間の所にこれを持って行くだけで……」
  土方は鍋の中で湯気を出す味噌汁に一度視線をやると、はあっと大きく溜息を吐いた。
  顔を紅潮させ必死に言い訳やら状況やらを説明する斎藤に一先ず背を向けて自分の入って来たドアの方へと向かう。
「そもそもお前、鍵くらい掛けとけよ」
  呆れ口調でガチャリと鍵を掛けると、再び斎藤の方に戻って来た。
「すみません……」
  謝ってから、斎藤は気付く。
  何故出て行かないのだろう。
(?)
「あの……土方先生。状況は今説明した通りでして、調理室を勝手に使ってしまったことは大変 申し訳無く思っているのですが、この通り味噌汁は出来ましたし、出来れば……」
  先に出て行って頂いて…と続けようとしたのだが、土方が近くから自分をじっと見つめていることに気付き 思わず口が止まる。
「……」
「……」
「あの……」
「……」
「……宜しければ、味噌汁、土方先生も召し上がります……か?」
  沈黙の気まずさに耐えかねて空気を変えようと斎藤が的外れなことを言った。
「……」
  土方は相変わらず沈黙していたが、斎藤は調理台を背側にした不自然な格好の儘置いておいたお椀を取り おたまを使って鍋からお椀に味見分の味噌汁を入れた。
  何かしていなければ、とても視線に耐えられない。
「どうぞ」
  と恐々お椀を差し出す斎藤を土方は読めない表情で見つめていたが、不意ににっと口角を上げ
「そうだな」
  お椀を受け取った。ほっとする斎藤。が、彼は直ぐにお椀を調理台の上に置いてしまい
「味噌汁も旨そうだが、今はこっち、だな」
  調理台と自分で斎藤を挟むように距離を詰めると、突然に口付けてきた。
「っ!」
  舌先を入れられると同時に首の後ろを撫でられ肌が粟立つ。
「先生っ」
  唇が離れるのを待って抗議の声を上げる斎藤に構わず土方は斎藤の耳朶をやんわりと噛んだ。噛みながら囁く。
「その格好で……」
「?」
「どうやって風間に味噌汁を届けるつもりだ?」
「……それは……」
  そういえば、風間にはこの格好で味噌汁を作って来いとしか言われていない。風間は食べるつもりのようだが、 この格好で風間の所まで味噌汁を運んで行くのは人目があるから無理だ。ならば風間が調理が終わる頃に調理室に来るということ なのか。或いは作った時点でペナルティは終了し服を着て持って行けば良いのか。
  そんな肝心なことすら頭から抜けて聞きそびれているとは、本当に今日の自分の頭はどうしてしまったのだろうと斎藤は情けなく なった。そんな斎藤を責めるように
「風間なんぞの言うことを聞いて良い様にされるとはな」
  土方は斎藤の割烹着の隙間から覗く背骨をするすると撫でながら首筋を舌で辿った。
「……っ」
「お前は俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだよ」
  怒っている、訳ではなく、この状況を楽しんでいるような言い方だ。
  確かにこんな状況は二度も無いだろう。指示したのが風間という辺り、そう何度もあって堪るかとは思うが、 裸に割烹着姿の斎藤なんてあまりにも貴重すぎる。ならば楽しまない手は無い、と土方は思った。
  斎藤の背中で結ばれた割烹着の紐に手をやり解く。正直解かなくても何ら問題の無い箇所だから只雰囲気を出す為 だ。斎藤は土方の意図に気付き焦り出した。
「土方先生っ」
  こんな所で! と騒ぐ斎藤の体を押し上げるように抱え調理台の上に倒す。
  ステンレスの材質が当たりひやりと斎藤の背を冷やした。
「ちょっ……待ってく」
「安心しな。直ぐに済ませる」
  この男は本当に教師だろうかと疑いたくなる悪辣な表情でそう言うと、土方は斎藤の脚を押し開いた。
  割烹着を捲り上げながら股間に突っ込むように顔を埋める。
「――ぁッ!」
  何も邪魔するものの無い其処に唾液を乗せた舌が這わされる。根元から先端へを何度も辿り、 感じるつもりの無かったものが反応し硬く質量を増すと土方はわざと歯を当てて擽った。
「先、せっ……」
  斎藤は土方の頭に手を添えて押し返そうとするが既に力が入らなくなっている。 水音を立てて吸い付く下肢まで蕩かすような口淫に無理矢理感じさせられていく。 抉るように強く舌を押し当てられて、その刺激に震えた斎藤の片腕が調理台の上を滑った。
  先程土方が置いたお椀がコト、と音を立てて倒れる。具と共に中の味噌汁が零れ、とろりと液体が形を 変えながら斎藤の方に流れて行った。
「……勿体ねぇな」
  土方はちらりとそれを確認すると、指をその汁溜まりに入れて絡めた。ヌルリととろみを帯びた指を斎藤の太股から付け根へと 這わせ塗っていく。温かく湿るその跡を追い掛けるように唇が下りて来た。れろ、と舐められたかと思うとその儘斎藤自身が 口に含まれる。
「ヒ! ぁあっ」
  斎藤の喉がひくついて上擦った声が出た。
  口全体で貪るように刺激されて斎藤の目頭がカッと熱くなる。性感が直接嬲られて頭の中が白んで行った。
「味噌汁、旨いじゃねぇか」
「ふッ、…っぁ」
  紅潮し喘ぐ顔を余裕で見下ろし熱い息を吐いた土方が顔を離し間も無く、斎藤は掌でついでのように扱かれた。
  全身が痺れるように震え
「ク――――ッ! ……っぁ、あっ」
  達し、四肢をだらりと弛緩させる斎藤の前髪を、土方がそっと梳いてやる。
「ほら。……直ぐだったろ?」
  優しげな口調でそう囁くと斎藤の唇を軽く啄ばみ、それから土方は体を起こした。
「…………」
  息遣い以外何も返せない斎藤の身を簡単に整えてやりながら(といっても整える程の服は無いが) 後始末を素早く行う。そして
「此処じゃこれまでだな。斎藤、風間には後で此処に自分で取りに来るよう俺が言っとくから、 お前はさっさと制服を着て片付けて帰れ。いいな」
  言い聞かせると、斎藤がぼんやり頷くのを確かめてから何事も無かったように足早に ドアへと歩き解錠して調理室を出て行ってしまった。
「…………」
  調理台に置き去りにされた斎藤は訳も分からず無言で土方を見送る。
(……な……何故、こんな目に遭っているんだ……? 俺は……)
  食い散らかされ漸く冷えてきた頭で考え込む斎藤は、やはり調理室にぽつんと一人、哀れな贄の如きなのであった。