両親は?と、女性――ティファは少年に訊かなかった。
運命の日を境に多くの子供達が孤児となったことを誰もが知っていた。
この街では、いや、今のこの世界では、家族は必ずしも血縁関係を意味する言葉ではない。
家族とは一緒に暮らしている人のことだ。
力を合わせて働いて寝食を共にし、支え合うその絆は充分に家族と言えるものだと思う。
それでも、この子にはそんな人がいないと言う。
一緒に住み、一緒に生きる人が。
「家族はいない」と答え、光を失ってしまったかのような暗い目をした少年。
この子だけではないだろう。一体何人の子供が、世界の何処かでこんな顔をしているんだろう。
そして自分は、何をしてあげられるのだろう。
自分の問いが少年を傷付けてしまったかもしれないと思い次の言葉を懸命に選んでいたティファ
であったが、
彼女の代わりに言葉を発したのはまだ幼いマリンだった。
「じゃあ体が良くなるまでここにいよ! ティファの作る料理はすっごく美味しいんだから。
ねぇティファ、いいでしょ?」
きらきらとあどけない目でティファを見上げてくる少女。
この子の目を見ると、ティファは安心する。
いつだって希望を宿した、とても綺麗に輝く瞳。
子供はときに大人なんかよりずっと強い。
この二人の子は今は違う瞳をしているけれど、この少年が今は絶望の淵にいたとしても、きっと
いつか笑えるようになる。
この少女のように、心から。
ティファはそう信じて、にこやかに頷いた。
「勿論よ。クラウドも、きっとそのつもりでここに連れてきたんだと思うから」
“この子は俺のところに来た”
クラウドの言葉の意味はティファには分からなかったが、クラウドが施設でなく此処に少年
を連れてきたことには
意味があるのだ。
それを言った時のクラウドの考え込むような、けれど
何か確信しているような表情を思い出しながら、
ティファは心の中で頷いた。
「嫌かな?」
ティファがマリンからベッドの上の少年に視線を移して訊くと、少年は小さく首を振った。
無感情な振り方だった。
否定も肯定も悲喜も無い、どちらでもいいような返事だったが、それでも少年がまだ此処
で休んでくれることに
ホッとしたティファは、マリンを引き寄せて小さな両肩に手を置いた。
「自己紹介が遅れたね。私の名前はティファ、この子はマリン。君は?」
少年はゆっくりと唇を動かした。
「……デンゼル」
そうして久し振りに自分の名を口にすると、マリンが弾むようにその名を繰り返してからティ
ファを見上げた。
ティファはマリンの頭を一度撫で、少年に微笑みかけた。
「宜しくね、デンゼル」
肩から黒髪の一房がさらりと流れ落ちるのを目で追いながら、デンゼルは微かに頷いた。
ティファはデンゼルにお腹が空いているかと訊いた。
デンゼルは空いているような気もしたけれど、早く食べたいとも思わない。「あまり」と答え
ると、ティファはもう少し休んだ方がいいと言って薄手の蒲団を掛け直してくれた。
口のすぐ下まで触れた布は
さらさらしていて心地よかった。
「あと一時間程で昼食にするから、食べられそうならその時一緒に食べましょう」
声を掛けるから、と言い残し、振り返り名残惜しそうなマリンを連れて部屋を後にするティファ
の後姿をぼんやりと眺め見送ってから、
デンゼルは横になったまま体を動かし窓の方に顔を向けた。
目を瞑る。
外からの日差しが瞼に焼き付き、目の中で赤く、黄色く見えていた。
一人の部屋。閉じた瞼。
その小さな空間の中で、デンゼルはさっきティファが言っていたクラウドという人のこ
とを考えた。
真っ黒の携帯電話と、奇妙な形だがピカピカに光っていた大きなバイクの持ち主。自分をこ
こに連れてきたという人。
分かるのはそれくらいで、他のことは何も知らない。
今は出掛けているらしく、帰るのは明日のお昼頃かな、とティファは言っていた。
――どんな人なんだろう。
デンゼルは思い描く。
父さんみたいな人かな。それともアーカム?
ガスキン、探索隊の大人達……知っている人の顔を思い浮かべていくけれど、どれ
もあの黒いバイクとは繋がらなかった。
それでも飽きず繰り返す。父さん、アーカム、ガスキン、探索隊。
デンゼルは段々眠くなってきた。
どうしてこんなに眩しいのに、眠くなるんだろう。
けれど押し寄せて来るふわふわした意識に逆らえず、デンゼルは落ちていく。
ただ微睡の中で、まだ会ったこともないその人がやけに気になっていた。
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