光色・5





   昨日の昼に鳴った電話は、今日帰って来ることになっていたクラウドという人物からのものだった。
   他に仕事が入り、帰宅が明日に延びるらしい。ティファがマリンにそう伝えるのをデン ゼルは朝食の席で聞いた。
(忙しい人なんだ)
   父エーベルの帰宅が仕事でしばしば遅くなることがあったのを思い出す。
   玄関先で迎えたデンゼルの頭を撫でながら「いい子にしてたか」と必ず訊ねていた父。 その幼子にでも言うような言葉にデンゼルはいつも口を尖らせたものだったが、それでも仕事を 終えた後の父親の姿がデンゼルは一番好きだった。
(どんな仕事をしているんだろう?)
   あの頃エーベルが勤めていた巨大企業・神羅は既に無い。もとよりサラリーマン神羅や神羅の軍隊、 タークスなど神羅の抱える 職種以外にあまり知識のないデンゼルには、このセブンスヘブンのもう一人の住人の仕事など 想像も出来なかった。
   何より、まだその人の顔さえ知らなかったのだ。

   まだ微熱のあったデンゼルは、それでも昨日一日ゆっくり眠りちゃんとした食事を摂ったこと で幾分体力が回復していた。
   一番明るい時間、先程から隣のベッドの上でマリンが寝そべりながら何かを描いている。
   鼻歌交じりにクレヨンを走らせるその様子は随分と楽しそうに見えた。
「何を描いてるの?」
   ベッドから下りてデンゼルが話し掛けてみると、くるりと顔だけを向けたマリンが嬉しそうに 手招きした。
(そういえば、この子にこっちから話し掛けるのは初めてだ)
   昨日はただ返事をしていただけで、あまり話してはいない。
   デンゼルが近付いてマリンの手元を覗き込むと、白い画用紙に一本大きな曲線が描かれていた。
「さっきはティファを描いてたの。見て」
   マリンはデンゼルと反対側の横に置いておいた紙をペラリとめくって手渡してきた。
   白のままの背景に、長い髪を携えて微笑む女性のかわいらしい絵。
   マリンの描いた薄い色調の絵は子どもらしく幼いながらも上手で、デンゼルには確かにそれがティフ ァだと分かった。
「こっちは誰を描くの?」
   持っていたティファの絵を返し、まだ描き始めたばかりの方の画用紙をデンゼルが指差す。
「クラウドよ」
「クラウド……さん?」
「うん」

   マリンはデンゼルに答えてから、紙上の一本の放物線の上、端からそれと同じ黒でギザギザした線 を描き加え始めた。
「クラウドはねぇ、つんつんなの」
   単純な作業でも少女の手はひどく丁寧にその線の一本一本を引く。前髪から横、そして頭の線 も同じように描いていく。
   ほどなくしてマリンの言葉通りのツンツンした髪型ができた。
   星を幾つも連ねたような奔放な形はおとなしくない。 デンゼルは腰をかがめながら窺うようにその絵を見つめていた。
   紙いっぱいに描かれたその人物にもうすぐ顔が描き込まれる。
   知らない人の似顔絵など見て楽しめるものではないのだが、これから会う人なら見ておきたいとデン ゼルは思っていた。
   約一年のスラム暮らしで緩和されたとはいえ、新しく出会う人へのそんな心の準備を欲する程度 には、デンゼルはまだ人見知りだった。
  マリンは熱心に紙とにらめっこして顔の配置を考えていたが、とうとうクレヨンの 先を下にあてた。
   ギザギザ線の前髪の下、マリンはぴんと上がった真っ直ぐの眉を描く。
   その下、それぞれに形の良い黒丸の目。
   マリンは一瞬むつかしい顔で手を彷徨わせて、
   描いた口は引き結んだような真一文字。
   ……完成した顔は、ムスッとしていた。

   ティファの顔は笑顔。
   なのにこれは無愛想。

   マリンが描く絵はとてもかわいらしいのに、二つの絵のその差が気になりデンゼルは黙り込ん でいた。
   怖い人なのだろうか。 少しだけ不安になる。
   マリンは変わらず楽しそうに肌色のクレヨンをとって、『クラウド』の顔を塗り始めた。
   目や眉の黒が滲まないよう丁寧に丁寧に。
   その手つきを見ながら、デンゼルは思いついたように訊いてみた。
「クラウドさんて何してる人?」
「運び屋よ」
   マリンが答えた。
「頼まれたいろんな物を運んで人に届けるの」
(いろんな物……)
   手紙や荷物の配達だろうか。あるいは探索隊と同じような廃材運びだろうか。それとも ……
   聞いたことがあった。運び屋という、体に良くないあぶないクスリや盗んだ物を運ぶ悪い仕事があ るのだと……。
   でも――
   デンゼルはその人の絵をじっと見つめた。
(僕を助けてくれたんだ)
   悪い人なわけ、ない。

   肌色の領域が完成すると、マリンは今度は髪の部分を持ち替えた黄色で塗り潰しだした。
(金髪なんだ)
   デンゼルはぼんやりと思い、マリンが小さな溜息を吐いて呟いた。
「クラウド…早く帰って来ないかなぁ……」

   二枚の絵が完成すると、それはその部屋の壁に飾られた。
   ティファは画鋲で留めた後「そっくりね」と笑った。
   見ていたのは自分の似顔絵でなくクラウドの絵のようだったが、ティファのどこか寂しげな顔はマリ ンの描いたティファととてもよく似ているとデンゼルは思った。


   ティファがデンゼルの所にきてこれまでの暮らしを聞いたのはその夜のことだ。
   クラウドの連れてきた少年が七番街出身だと知ってからティファは落ち着かなかった。
  七番街―自分達アバランチの活動が原因で崩れ落ちた街。阻止しようと奔走したが結局 かなわず、プレート下の仲間を呑み込みながら 自らも瓦礫と化した街。その街に少年の両親がいたのかもしれない。
   考えるだけで不安がティファを波のように襲った。少年の口からそれを聞くのは更に恐ろしいこ とだったけれど、逃げることはできない。 ティファには責任があった。
「これまでのことを話してくれる?」
   そう尋ねると、デンゼルはぽつりぽつりと話し始めた。
「僕の両親はあのプレート落下で死にました」
   覚悟していたとはいえティファの心を震わすその言葉から始まった少年の話 に、ティファは静かに頷いていた。
   やがてその短い話が終わるとティファは目を伏せ震えるような吐息を零した。
「ごめんなさい」
   首を傾げるデンゼルに、ティファは膝の上で重ねた両手をギュッと握りしめて言い直した。
「ごめんなさい、辛いことを話させてしまって」
   今はそう告げることしかできなかった。
(この子がここに来たのは――)
   必然という言葉を思いながら、ティファは固く決心した想いを伝える為にクラウドを待った。
  デンゼルは眠る前にクラウドの絵を見た。
   マリンは何も心配することなく安心しているように、すやすやと穏やかな寝息を立てていた。
  静かな夜だった。