「F班、異常無し」
「……了解」
大統領執務室前で各班からの定時報告を受け終え、スコールはふと重い溜息を吐いた。
今朝エスタに来てからこれまでずっと、どうも自分が落ち着いていないことをスコールは認識していた。
虫の知らせ、嫌な予感、というのだろうか。
何かが起こることを予感する根拠の無い不安のようなものがずっともやもやと蟠っていたのだが、それが次第に大きくなっているようだ。
そもそもスコールがこうして今大統領の警備に当たっているのは、ある確かな筋から『エスタ大統領の命が狙われている』と
いう情報を得たからなのだが、その日時や方法までは明確でない。
その為何時どんな状況下で何が起ころうとも大統領を守るというのが今回のSeeDの任務であり、警護には万全の体制を整え
ている。
にも関わらずスコールの自信を揺るがし不安を燻らせる要因、それはスコールも直接話を聞いた情報屋の話にあった。
「……大統領に差し向けられる暗殺者<ハンター>だけどねぇ……」
名うての情報屋は緩くウェーブの掛かった黒髪をくるくると指で弄びながら粘るような口調で言った。
「どうやら“クモ”みたいなんだよねぇ」
「……“クモ”?」
スコールが片眉を顰めながらその女が意味ありげに発した単語を反芻すると、「そう」と彼女は派手な色を乗せたローズレッドの唇で艶やかに弧を描いた。
「クモって、spider?」
キスティスもまたスコールと同様の表情で問い掛ける。
といってもこちらは聞き慣れないものに反応したというより単に
苦手な類の虫を思い浮かべてしまったからだ。八本肢のあの虫がキスティスは嫌いだった。
そんなキスティスの心中を読んだわけではないだろう、女はくすりと可笑しそうに笑って首を振る。
「いいえお嬢さん。……“cloud”の方よ」
お嬢さん、と呼ばれたキスティスは一瞬驚いた顔をして、すぐに不愉快そうに眉を顰めた。
大人が物を知らぬ子供を見下すような女の物言いに気を悪くしたのだろう。
スコールから見ても情報屋の女は若く、キスティスをお嬢さんと呼べる程年が離れているようには見えない。
しかしスコールにはそんなことはどうでもよく、より重要な情報について聞きたかった。
「cloud……雲か。暗殺者が“雲”? どういう意味なんだ」
「あら、知らない? 裏ではかなり有名なんだけど、ね。貴方もしかして新米さん?」
スコールは若干むっとして口を噤んだ。……新米ではない。心外だと表情で否定してみるが、
女は元々答えなど求めていなかったのか構わずに少し声のトーンを落として続けた。
「……どんな人物かは分からないの。
ただ、殺し屋としての確かな存在を示しながらも依頼者と直接コンタクトしないから誰も正体を掴めない、雲のように掴めない男だと誰かが畏敬の念で読んだ呼称が
定着して“雲”と呼ばれているらしいわ。他にも、影、闇、霧……とかね」
「…………」
「その仕事は無駄が無く合理的で確実。
確かな情報とまでは言えないけど、彼に狙われたとされる人達は皆死んだわ」
「男というのは確かなのか」
「……彼に右腕を取られた気の毒な警備員がそう証言したの。声を聞いたそうよ。恐慌状態に陥っていた彼はその
男が何て言ったかまでは分からなかったそうだけど」
どんな声だったのかしらね?と何処かうっとりと酔うような目でそこまで口にした情報屋は、そこでスコールをじっと見て
から僅かに表情を改めた。
「彼の仕事には特徴があるの。さっき、彼は合理的で無駄の無い仕事をすると言ったけれど、ごくたまに酷い無駄もする」
「……どういうことだ?」
「要人や大物の護衛についていた人全員が惨たらしく殺されていたことが何度かあるの。多くの場合無駄を省きターゲットのみを始末
しようとしているようなのに、あるケースでは同一人物がまるで殺しを楽しむかのようにその場にいた全員を虐殺する……。
特徴的でしょ?」
別人じゃないのかと問おうとしてスコールは止めた。
彼女は自信を持って話している。ならばこれは真実なのだろう。
鳥肌を押さえるような仕草でキスティスが腕を抱えるのを面白げに眺めながら女が笑った。
「でも最近ではそんなケースは減っているようだから安心して。
あとは、そうね、……彼は報酬で仕事を決めているわけじゃないみたい。
有能な殺し屋なら大抵は報酬次第だけど、彼は莫大な金にも動かなかった例がある。殺しの特徴といい……気まぐれなのかしらね?」
女はそこまで話すと、含みの有る笑顔で最後にこう言った。
「……がんばってね」
明らかに性質の悪い殺人者の話をしておきながらこの台詞。
まるで死神に微笑まれたようだ、とスコールは思った。
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