SeeDとカエルの三日間・2-1





  どうやらカエルは此処をすぐに出て行く意思がないらしい。
  翌朝サイファーが目を覚ました時既に起きていたカエルは窓辺に腰掛けていたのだが、サイファーが窓を開けてやっても 一向に出て行こうとしなかった。
  それどころかサイファーが外に出るよう促すと、首を僅かに横に振って拒否の意思表示をしたのだ。
  サイファーは腹を抱えて笑い出したい気分になりながら、これは是非他の連中にも見せてやらねばと口角を吊り上げた。
  部屋を出る時、サイファーが捕まえるまでもなくカエルは自らついて来た。
  カエルがどういうつもりなのかは分からないが、都合もいいし、好きにさせておこう。
  寮から伸びる廊下を歩き、途中でちらりと後ろを見ると、カエルがやはりぺたぺたと足早に二足歩行しながら校庭に視線をやっていた。
(ぷっ……!)
  手の甲で口を押さえて笑いを噛み殺す。 だっておかしいだろうこの光景。
  何でカエルが二足歩行して人間の学校内をきょろきょろしながら歩いてるのか!
  実際、気付いた生徒達はカエルを指差してざわめいている。
  組み合わせがサイファーということもあるだろう。それはとても奇妙な光景だった。
  そんな中を歩いていく。
(危険なモンスターには見えねぇけど、後で一応調べとくか)
  サイファーは再び前を向き、カエルを連れたままとりあえず食事を摂る為食堂へと 向かった。
「ちょっとあんた! ここはペット持込禁止だよ!」
  食堂に入った途端近くにいたおばさんに注意された。
「ペットじゃねーよ、勝手について来るんだ」
  サイファーは風紀委員なので校則を重んじる立場だが、これは言い訳でなく本当のことだ。これは ペットじゃない。昨日拾ったちょっとおかしな野生のカエルだ。
「そうなのかい? でもねぇ、あんたについて来るんだろ? カエルを食堂に入れるわけには……おや?」
  おばさんは困った顔でカエルを見下ろしていたが、するとカエルが 顔を上げた。
  二本足で立ったままおばさんを見上げ、見つめる。
「あら……」 おばさんは眉を上げた。
  カエルの大きな目は潤んだようにも見える。そんな目がじっと問い掛けてくるようだ。
“入っちゃダメですか?”
   そんな風に尋ねているようだとおばさんもサイファーも思った。カエルのくせに妙に可愛い。
「可愛いじゃないか……。うーんそうだねぇ、ペットじゃないなら、特別に許可しようかねぇ」
  おばさんはカエルの入室を許可した。
  食堂のおばさんというのは気風のいい代わりにルールには頑固なものなのだが、これはどうしたことか。
(こいつのおねだり効果か?)
  サイファーは訝しげにカエルを見た。
  カエルはおばさんをぼんやり見ながら突っ立っている。
  そういやおばさん、カエルが足で立ってることにはツッコまないのか……。
  サイファーは思ったが、食堂のおばさんというのは食堂のルール以外には結構無頓着だということを思い出し溜息を吐いた。
「カエルちゃん、ほら、食堂にいる時はこのバスケットに入ってじっとしてるんだよ?」
(カエルに言葉が通じんのかよ?)
  サイファーはすかさずツッコむ。
  カエルは確かにさっきサイファーの言葉が通じていると思わせるようなジェスチャー をしたが、こんなことを言って言うことを聞くものか。
  そう思ったが、意外にもカエルはおばさんの言葉を理解したらしい。
  バスケットの中に跨いで入ると、まるでそこで寛ぐかのようにじっとしたのだ。
「あら! あんた言葉が分かるのかい? 賢い子だねぇ」
  おばさんはにこにこしながらカエルの頭を撫でた。
  繰り返すが、カエルだ。
  犬猫なら分かるが、カエルの頭を撫でてやるなんて余程のカエル好きくらいしか しないんじゃないだろうか。
  そんな風には見えないがこのおばさん、実はカエル好きなのだろうか?
  しかし確かにこのカエルの 仕草や行動には何処か人間然とした愛嬌がある。
  カエルが嫌いな人種以外なら、優しく接してあげたくなるのかもしれない。実際、 このサイファーだって命を救ってやろうという 気になったのだから。
  その辺は、一般的なカエルというよりこのカエル独特の手腕と言ってもいいだろう。
「上手くやったな」
  おばさんが去った後サイファーがカエルにそう声を掛けてみると“まあな”という ように顎を上げたことからも、 このカエルが言葉を理解し、更に故意に大人しげな態度を取るという両生類にして は高度な技術を持っていることが分かる。
  サイファーは呆れたように溜息を吐いてから、カエル入りバスケットを手に提げた まま自分の食事を盆に乗せて席に向かった。
「あ、サイファー、おはようだもんよ!」
「今日来遅。……何其?」
  いつも座る席には普段と同様風神雷神がいた。
  バスケットに気付きそれが何かと尋ねてくる風神に短く答えてやる。
「あー、これか。カエル」
  どかりと席に座ったサイファーが隣の空いた椅子にバスケットを置くと、その中で普通のカエルのように低くなっているカエルを 二人は覗き込んだ。
「へー、ホントだ。カエルだもんよ」
「何故。蛙入手、何処?」
「校門とこに落ちてた。面白ぇんだぜーコイツ! 二本足で歩くんだ。おら、 やってみろよ」
  カエルを見下ろして命令するサイファー。
  しかしカエルはサイファーを一瞬だけ見上げると、ふん、と顔を逸らした。
「んだよ、さっきは歩いてたくせに」
  気まぐれな奴だな、とサイファーは呟きながらカエルにハムを差し出してみたが、 カエルは食べない。ハムを見ながら首を振ったのだ。
  それを見た風神が眉を顰めて言った。
「……是言葉理解?」
「ああ、みたいだぜ。まじでさっきまで人間みたいに歩いてたしな」
「怪物違?」
「さあなぁ。こんなモンスター見たことねーし」
「聞いたこともないもんよ」
「ま、調べりゃ分かるし、もしモンスターみたく暴れてもこんなもんすぐに倒せんだろ」
  鼻を鳴らしてカエルに視線をやってみたが、カエルは特に気にした風でもなく、ただバスケットの中で落ち着いていた。
  食堂を出る時バスケットを返却すると、カエルはまた歩き始めた。
  ごく当たり前のような顔をして歩くカエルに風神雷神は大層驚いた様子だったが、 そこで偶然校内でTボードを乗り回している 不届きな生徒(因みにゼルではない)を見つけた為、二人は駆け足で去って行った。   サイファーは思い切り伸びをしてから、ゆったりと教室へ向かった。
  勿論カエルも一緒だった。