「一体何なんだ? そのカエルは」
開口一番、教室で席に着いていたスコールは近付いてきたサイファーの足元を見て言った。
まあ、歩くカエルを見た者としては当然の質問である。ゼルもカエルを発見して小走りに寄って来た。
「サイファーがカエル? お前ペット飼ってたのかよ! おわっ、歩いてるし!」
五月蝿く騒ぐゼルの声に他の生徒達も何事かと興味を引かれたらしい。
サイファーの足元、そこに何とも奇妙なことに立っているカエルに皆の視線が注がれ始め、すぐにざわ
ざわと騒がしくなった。
「何だアレ?」「カエル?」「何で立ってんの?」と期待通りの反応を見せる観衆に気を良くしたサイ
ファーが腕を組んで答えた。
「昨日拾った。おもしれーだろ、こいつ。お前らに見せてやろうと思ってな。歩ける上に言葉も
分かるんだぜ」
サイファーは得意気に笑ってカエルを抱き上げる。
カエルは嫌そうに身を捩った。
「言葉も? ……なに馬鹿言ってるんだ」
「マジマジ」
当然といえば当然なことに全く信じようとしないスコールにどうやって信じさせようかとサイファーはにや
つきながら考える。
その間にもカエルは彼の手の中で藻掻いていたが、ふと、スコールの手元辺りに視線を止めた。
「?」
「うおっ」
サイファーの指の間から力任せにぴょんと脱出したカエル。
そのままスコールの両手の間、学習用パネルのキーボード部分とスコールとの間に着地する。
「何だぁ?」
スコールを初めとする観衆は兎も角、サイファーにはカエルが偶々その場所に着地したよ
うには見えなかった為首を傾げる。
これはまた何らかのカエルの意思表示なのではないか。
皆がカエルの行動を見守る中、カエルはキーボードにタッチしてメモ帳機能を呼び出した。
「!?」
周囲にとってはそれだけでも驚きなのだが、更にそのまま、カエルは何とキーボードを叩き始めたのだ。
「!!」
衝撃の光景に目を瞠る一同。
しかも、
タタタタ、タ……
かなり速いタッチだ。
「すげぇ、カエルがキーボード叩いてる……」
「しかもブラインドタッチ……」
「ウソだろ……?」
誰もが唖然とした。いつも冷静なスコールでさえ口を開けている。
サイファーはそもそもそんなスコールのマヌケ面を笑ってやりたいが為にカエルを見せに教室にやっ
て来たのだが、そんな彼自身も結構なヌケた顔をしていた。
カエルがキーボードを叩くなんて……。
しかし、
『 bfんくjhcくkr 』
学習用パネルのディスプレイに映し出されていた言葉を確認すると、それは意味不明なものだっ
た。
一同の頭に疑問符が浮かび、
カエルは何かに気付いたように手を止めた。
「さっぱり分かんねー。カエル語か?」
このカエルなら言葉の理解だけでなくもしや自由に人語を操れるかもしれないと僅かに期
待し始めていたサイファーが落胆して言うと、
カエルは側頭部を手でぽりぽりと掻いた。
失敗失敗。そんな声が聞こえてきそうだ。
その行動からまた何らかの意思を感じ取って、サイファーはカエルを見守ることにする。
カエルは水掻きのある自分の手の平を見つめた。そして動きを確かめるようにパタパタと数度振って
から、再びキーボードに手を掛けた。
タ タ タ タ……
僅かにスピードダウン。だが、
「お、おい!!」
ゼルの驚嘆の声にディスプレイを見ると、文字が次々に羅列されていく。
そして、確かに意味のある人の言葉となろうとしているものがそこに映されていたのだ。
あっという間に完成したそれは――
『 万能薬かエスナを俺に使ってくれないか? 』
「………」
「………」
ディスプレイに表示された文字を読み目を丸くしたサイファー達をくりくりした目で確認して
から、カエルは再び指を動かす。
タタタタ、タタ……
また速いタッチに戻っている。まるでキーに慣れたみたいだ。
『 驚かなくていい。元々俺はモンスターでなく人間だ。
タッチミーキングにトードをかけられてこんな姿になってしまったんだ。
ここはガーデンのようだし、お前達、エスナを使えるだろう?俺に使ってくれないか 』
驚かなくていいと言われても、普通は驚くだろう。
カエルの打ち込んだ文字に誰もがそう思ったが、その場で一番冷静にカエルに返答したのはスコー
ルだった。
「エスナは使えるが……、タッチミーキングにトード? って何だ? それに人間って、
本当なのか?」
冷静に見えるがスコールは内心動揺していた。
どこからどう見てもカエルな奴が何を言ってるんだとも思っていた。
人間がカエルの姿になってしまいましたなんて、そんな御伽噺じゃあるまいし。
カエルはスコールの疑心も尤もだと思いタイプした。
『 タッチミーはカエルのモンスターで、触れる事あるいはトードという魔法によって対象をカエルに変えてしまうんだ。こいつらは古の時代に生息していたらしい。
タッチミーキングとはそのモンスターが強大化した奴で、これまで文献の中だけの存在だったがどうやら実在したようだ。
突然鉢合わせて不意をつかれ俺はトードをかけられた 』
自分が人間からカエルになった訳を説明するカエル。
御伽噺のようではあるが、確かに有り得ない話ではない。スコールは眉を顰めつつそう考える。
「へぇー。聞いたことねーけど、スコール知ってるか?」
“物知りゼル”も聞いたことが無いらしい。
「いや。……図書館で調べてみよう」
スコールは答えた。
文献に記録があるなら資料が出てくるだろう。しかしSeeDも聞いたことの無いモンスターでは詳細を知るのは
手間かもしれない。
スコールが考え込んでいるとカエルは焦れたように催促した。
『 兎に角さっさとエスナをかけてくれ。かければ分かる 』
「だってよ。スコールかけてやれ」
サイファーが言った。
「はぁ? 何で俺が。あんたのカエルだろう」
スコールにとって別にエスナくらいどうということはないが、サイファーに命令されるのは気
に入らない。
「俺ぁ今ジャンクションしてねーんだよ」
『 どっちでもいいから早くしろ 』
カエルが苛立ったようにまたキーボードを打った。
カエルのくせにこの偉そうな態度は何なのか。
「……分かった」
仕方ない、とスコールは半信半疑のままエスナをカエルに向けて放つ。
光がカエルを包み、カエルの体は徐々に人間に……
ならなかった。
「……」
「カエルのままじゃねーか」
カエルに騙された……と額を押さえたスコールと、拍子抜けしたように呟くサイファー。
カエルは暫し顎に手を当てて考えた後でタイプを再開した。
『 力不足だな。俺にかかってる魔法は強力だからこの程度のエスナじゃ治らないんだろう。この分じゃ他の連中でもムリだろうな。
がっかりだ 』
「……カエルにバカにされた……」
『 別にバカにしちゃいない。で、万能薬は? 』
「俺持ってる!」
この程度だのがっかりだのとカエルに言われトップSeeDのプライドを大いに傷つけられたスコ
ールが頭を抱えている間に、
ゼルがごそごそとポケットを探って丸薬を差し出した。
カエルは遠慮なくぱくりとそれを呑み込む。
暫し経過。
だが、エスナと同様何の変化も起こらない。
『 駄目だ、効かない 』
かかっている魔法がそれ程までに強いということなのか。
カエルは見る間にしょんぼりと項垂れて黙り込んでしまった。
酷く落ち込んだその様子に、周囲から「かわいそう……」「何とかしてやりたい」という
声が漏れ始める。
――皆がこんなにもカエルの姿に胸を打たれているのには理由があった。
カエルの伏目がちの目が、さながら失恋後の女の子のようにぼんやりと潤んで見えるのだ。
このコを何としても守ってやりたいと思わせるような、胸がきゅんとなるようなトキメキ。
とまあそれは言い過ぎにしても、つい擁護してやりたくなるような雰囲気になってくる。
それを感じたのはスコールやサイファーでさえも同じだった。
何度も言うが、相手はカエルである。
それにも関らず、エスナや万能薬を使った結果に反して最早誰もカエルの言うことが嘘だとは
疑っていなかった。
こんなに愛らしいカエルが嘘を吐く筈がないのだ。
ゼルだけは鈍いのかある意味意外に冷静なのか、カエルの魅力とその場の妙な雰囲気に呑まれず
にいたのだが、
「ていうか全部コイツの嘘なんじゃないのか?」と言ったところで誰も聞かなかった。
唯一聞いていたらしいカエルからチョップが返ってきたのみである。
「他に人間に戻る方法はないのか?」
スコールが遠慮がちにカエルに訊いた。
体育座りのような格好で俯いていたカエルは憂いを帯びた目でスコールを見つめ、それからキー
ボードを叩いた。
『 これだけの魔法だと放っておけば戻るまで一月はかかるかもしれない。
すまないが、戻るまで此処に置いてくれないだろうか? 』
ちら、と上目遣いに見上げてくるカエルが何だかチワワのように可愛らしく見える。
大きな目がうるうると見つめてくる。
(おかしいな)
さっきまでこのカエルの態度は結構不遜だったと思うのだが……。
スコールは首を傾げたが、カエルが何やら可愛いのには変わりない。
『 こんな姿で外を一人うろついてたら、きっと鳥に食われてしまうんだろうな。
……踏んづけられるかもしれない。
痛いだろうな…… 』
画面上に呟くカエルの後ろ姿が弱弱しい。
スコールはついつい「分かった」とカエルのお願いを聞いてやろうとしたのだが、そこでサイフ
ァーが食堂でも思ったことを
ぼそりと呟いた。
「こいつ、人を誑かすのがみょーに上手いよな」
カエルは余計なことを言うなとサイファーを白い目で睨んだ。
スコールはサイファーの声によって誘惑の術から解けた時のようにはっとして、出しかけていた言葉を言
い直す。
「わ、悪いが、素性の分からない人間をこのガーデンに長期間置くことは出来ない。力になりたいのは
山々だが……」
『 分かった、じゃあお前達がタッチミーキングを倒しに行ってくれないか? 』
カエルはチワワのような態度をさっさと改めて言った。
「俺達が?」
『 タッチミーの魔法は術者を倒せばカエル化が戻るらしいんだ。つまりお前達が俺に魔法をかけた奴を倒してくれれば、
俺は元に戻れる筈 』
「なるほど……。分かった。しかしその依頼を受けるには学園長の承認がいるんだ。
まずは俺から話をするから少し待ってくれ。場合によってはすぐに依頼を受けられない場合も……」
『 すぐに受けてもらう 』
カエルはきっぱりと(画面上の文字ではあるがそんな語調の強さを感じる)言った。
『 俺は一刻も早く元に戻りたい。何が何でもすぐに受けてもらう 』
「何が何でもって、受けなかったらどうすんだよ?」
サイファーが尋ねた。
『 ……歌う 』
「は?」
『 この姿になった人間に出来ることは少ないが、“カエルのうた”という技を使えばお前達もたちまちカエルの仲間入りだ。
依頼を受けなければ歌ってこのガーデン中カエルだらけにしてやる 』
凄むカエルの脅迫にゼルは冷や汗を流した。
「そ、それは怖いんだか怖くないんだかよく分かんないけど、イヤなことは確かだな」
……確かに。スコールとサイファーも心から同意した。
その様子を確かめてカエルはほくそ笑む。
実際にはカエルにされた人間が歌ったところで何も効果は出ないのだが、ウソも方便というやつだ。
「歌う」という脅しは予想以上に彼らを震え上がらせたらしい。
(やっぱりカエルなんてみっともない姿になりたくないんだろうな……)
己の今の情けない姿を思い浮かべ気鬱になりかけたカエルは、ブルブルと首を振ってから気を取
り直して言った。
『 報酬は後払いになるが勿論払うし、俺が人間に戻れたら礼もする 』
「礼?」
『 俺の店で何か買う時は割り引いてやる 』
「あんたの店って?」
『 エスタのCloud’s Shopだ。電子ショップだが、来店前に連絡してくれれば価格を低く設定しておく 』
「え、あの店!? マジ? 知ってる知ってる! え、アレマジであんたの店!?」
『 ああ 』
カエルのくせにあんた店主やれんの!?とゼルが叫ばなかったのは幸運だった。
そんな余計なことを言えばカエルは怒って、人間に戻った後彼を愛用の大剣の錆にしたかもしれない。
そう、彼らはまだこのカエルの正体が身の丈程の大剣を振り回せる優れた戦士だということを知らない。
『 クラウドだ。宜しく 』
とはいえそんなイメージにまだ程遠いカエルの姿で、彼はとりあえず水掻きの付いた手で自己紹介の文字を打ち込んだ。
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