もさっ もさっ
とは、学食のテーブルでクラウドがサラダを食べる音である。
悲しいかな椅子の上にダンボールを置いて、幼児用食事椅子代わりの高さ調節をして座している。
クラウドの前には野菜の他にハムとチーズの入ったボールが置かれていて、彼はフォークを器用に使ってその中の
紫キャベツを口に運んでいた。
思えばカエル化した翌日の朝はショックで食事も喉を通らない心境だったが、三日目ともなると流石に腹が減る。
それに何より、学園長とやらが早く帰ってきて上手くいけば、今日中に憎き元凶タッチミーキングを倒して人に戻れるかも
しれないのだ。
となれば腹が減っては何とやら。がっつり食事して来たる戦に備えるべく、クラ
ウドはこうして無心でもさもさ食べているのだが……。
その彼の向かいでは、昨夜クラウドの話に付き合って寝不足のサイファーが欠伸を噛み殺している。そして隣のテーブルからはゼルが背凭れに脇腹を付けてこちら
のテーブルを眺めていた。
二人のSeeDは元気にサラダを喰い漁るカエルをぼうっと観賞している。
(あー……和むなぁ)
(こりゃ人に戻れなかったら俺が飼ってやってもいいなぁ)
もうすっかり馴染んだこの変可愛い生き物に癒される空間。平和すぎてゼルにもサイファーの眠気が移りそうになる。
「はいケロちゃん! 差し入れだよ〜」
と、不意に元気一杯のおばさんの声がゼルの耳を通り越していった。
(差し入れ?)
彼は何気なくおばさんの姿を目で追い、そしてクラウドの方へいそいそ歩いていく彼女の手元を見てぎょっと目
を見開いた。そんなゼルには目もくれず、彼女はクラウドの傍まで行くと満面の笑みで抱えたバスケットをずずいと差し出した。
「これはねケロちゃん、このガーデン秘伝のスペシャルパンなんだよ。ケロちゃんの為におばちゃんが取っといてあげたからねー! 喋れるようになったお祝いだよ。どうぞ食べとくれ!」
「エッ!」
……それはクラウドでなくゼルの叫びだった。
立ち上がった拍子に椅子がガタンと音を立てるが気にしていられない。ゼルの頭はさっきまでの和やかさは何処へやら、それどころではなかった。
 が、クラウドはゼルの動揺も何のその、当たり前のような顔をしておばさんからパンが五個も六個も入ったバスケットを受け取った
のだ。(このパンは通常五個も六個も一遍に入手できることの無いレア物であることを忘れてはならない)
「ちょっ」
「おばちゃん、ダンボールとサラダを用意してもらってその上パンまで。有難う、だがそのケロちゃんという呼び方はどうも……」
「ま、まて! 待て待て待てーッ」
 自分を無視して進みそうになる会話を止めようとゼルは必死の形相で叫んだ。
そのあまりの大声にクラウドとおばさんの顔が歪む。
「何だい? 一体。うるさいコだねぇ!」
「だ、だってパン! 何でクラウドはそんなに貰えるんだよ?」
「何でって何だい」
「そのパンは俺達ガーデン生だって並んで並んでやっとゲットできるかできないかの幻のパンだぞ!? 食えたって一人一個が原則じゃんか!」
「何だいそんなこと。ケロちゃんはガーデンのお客さんなんだからもてなすのは当然だろ」
「もてなすって、なにもこのパンじゃなくたっていーじゃんかっ。大体こいつはカエルなんだから水と虫でも出しときゃい……ぃッ!?」
ゼルの言葉は皆まで続けられなかった。何故ならばフォークが射殺す矢の如き速さで飛んできたからである。(もはや食器とは言えない)
ビュッと風を切って飛んできたそれはゼルの顔面すれすれを通りグサ!と壁に突き刺さった。
ビィィィンと振動する音が恐ろしい。勿論、投げたのはクラウドである。
ヒュウとサイファーが口笛を吹き、おばさんは腰に手を当てて深々と溜息を吐いた。
「ほら、あんたがあんまり失礼なこと言うからケロちゃんが怒ったじゃないか」
(てかそれどころじゃなく死ぬとこだった気が……ッ!!)
「兎に角ゼル、あんまり聞き分けのないことを言うんじゃないよ。ね! それじゃケロちゃん、ゆっくり召し上がってちょうだいね〜」
「あ、おばちゃん! まっ……」
今度こそゼルは完全にシカトされた。食堂のおばさんは暇ではないのだ。強引に会話を終わらせてにこやかに去っていく
彼女の後ろで、ゼルは立ち上がったままの体勢からガクリと崩れるように項垂れた。
だって、だって人間の自分だって散々並んでもあの大好きなパンをめったにゲット出来ないというのに、このちっぽけでちょっと可愛い
だけのカエルは何の苦もなく黄金に輝くそれを何個も食べられるのだ。
そもそも今朝ゼルはおばさんに「もうパンは売り切れた」と言われていたのだ。
それがこんな風にカエルの予約商品にされていたなんて、たとえ神様仏様が許してもとてもゼルは許せない。
(なんて理不尽な!)
ゼルはカエルを憎んだ。許すまじカエル。恨めしやカエル。カエルなんて大っ嫌いだ……!
ゼルの中で途方も無く激しい負の感情が膨れ上がった。その時、
「ほら」
ちょんと小さな腕がゼルの方へ伸びてきた。同時にパンの何とも芳しい香りが彼の鼻孔を擽り撫でる。
「え?」
ゼルがおもむろに顔を上げると、いつの間に移動してきたのか、クラウドがゼルのテーブルにちょこんと乗っていた。
そしてその若いもみじのような両手に、その身には大きい一つのパンを抱えゼルへと差し出していたのだ。
(!?)
「お前、このパンがよっぽど好きなんだな? 何だか可哀想だし、コレ、やるよ」
「く……クラウド?」
「ほら。早く受け取れ」
ぐいと押し付けるように鼻先にパンを突き出され、ゼルはおずおずと手を伸ばす。
(くれる? くれるって言うのか? 折角貰った黄金のパンを、この俺に……?)
ゼルの目にうるっと涙が滲み出た。ついさっきまで只の憎きカエルでしかなかったクラウドに、気のせいか後光が差して見えた。
(か、神さま……)
ゼルは感際まってカエルの手をがしっと掴んだ。
「ありがとうクラウド。俺あんたのこと誤解してた。こんな、こんな優しい奴だったなんて。この恩は絶対絶対返すからなっ」
「…………(たかがパン一個なのに)」
もしかして物凄く貧しい生まれなのだろうか。クラウドの目もゼルと違う意味で潤む。
「あほらし……」
サイファーは心底あほくさそうに溜め息を吐いた。カエルに餌を貰って喜ぶとは、この男にプライドはないのか。
(無いよなチキンだし)
ゼルはクラウドから貰ったパンを嬉しそうに頬張り始めた。
「――クラウド」
そこに、よく通る男の声が掛けられた。声の方を振り向くと、やって来たのはやはりスコールだった。
「スコールか、おはよう」
「ああ……おはようクラウド。やはり此処にいたんだな。ゼルとサイファーも一緒なら丁度いい」
そこで一旦口を閉じると、スコールはゼルの背後の壁にちらりと目をやった。
「……何かあったのか?」
壁に深々と突き刺さった儘のフォークに気が付いたらしい。怪訝な顔でそれを抜きに行くスコールにサイファーは答えてやった。
「チキンがカエルを怒らしたんだよ。で二人でパンを分け合って仲直り。メデタシメデタシ」
そのふざけた物言いにクラウドはサイファーを睨み付けたが、視界の隅でゼルがパンを口一杯に詰め込みムグムグしているのが見えて怒気が失せた。
クラウドはなるべくゼルを目に入れないようにしてスコールに向き直った。
「そんなことより、スコール。お前が俺達三人に用ということはもしかして……」
彼が三人を呼びに来るということは、きっと例の件に違いない。クラウドが期待を込めた眼差しで見ると、彼は期待通りの言葉を口にした。即ち
「学園長が帰ってきたぞ」と。
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カエルはしょくどうのパンをてにいれた!
カエルはゼルのしんらいをてにいれた!